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楽屋で、幕の内。| シネマのなかのライター その2 Nov.22

『小説家を見つけたら』( Finding Forrester 2000年)編

先日、スコットランド出身の俳優ショーン・コネリーが惜しくも亡くなりました。訃報を報じたたくさんの記事の中で、一度だけ作品名を目にしたのがこの『小説家を見つけたら』(原題 Finding Forrester 2000年)でした。監督は『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』のガス・ヴァン・サント。名だたる作品のなかでは派手な印象を残さなかったかも知れません。しかしショーン・コネリーの小説家役も光る、ライターにとって実りの多い名作なのです。

『小説家を見つけたら』(原題 Finding Forrester 2000年)

【あらすじ】
ニューヨークの裕福とはいえない環境で生まれ育った16歳のジャマール(ロブ・ブラウン)と、伝説の小説家、ウィリアム・フォレスター (ショーン・コネリー)が出会う物語です。フォレスターは20代で書いた処女作でピューリッツアー賞を受賞しますが以降、数十年にわたって作品を発表することはなく、隠居のような暮らしをしていました。フォレスターはジャマールの文才を知り、手助けするようになります。そしてフォレスター自身も彼との交流をきっかけに、重たい殻を破ることになるのでした。

◼️ライター的チェックポイント1◼️ノートに、作家から赤字を入れられる
友達との悪ふざけがエスカレートし、ある夜、フォレスターの家に忍び込んだジャマールは、彼の家にリュックを置いていく羽目になります。リュックには密かに話を書き綴っていたノートが入っていました。そして返されたノートをめくると、なんと赤入れがしてあったのです。書き込まれたアカ字は次のようでした。

「この文章は秀逸?」
「もっと具体的に」
「表現がチープ」
「退屈」
「背景はブロンクスだけ?」
「文章に方向性を」

このように整った字で見るとそこまで強さを感じません。しかし鉛筆で綴った細かな文章を上からすべて打ち消すようにして書いてあるのですから、これはショックでしょう。彼は16歳です。これがもし初めての添削経験だったら、添削の意味を理解することさえ、時間を要したかも知れません。でも私たちライターからすれば作家(様)に赤入れしてもらえるなんてこんなラッキーなことはありませんよね。
赤字のなかに、執筆と縁があるとは思えない言葉を発見しました。
「脳みそが便秘を?」
「便秘症的」
英語ではconstipated
気になって軽く調べてみると、“Writing constipation”という言葉にぶつかりました。言いたいことがバラバラとか、順序が適切でないため言いたいことがよくわからないときに、constipated と酷評されるようです。この考え方は意識しておくと良いかも知れません。でも原稿に「便秘っぽいです」って書かれたらちょっとびっくりしちゃいますよね。


◼️ライター的チェックポイント2◼️「自分のために書く文章は、人に見せるための文章に勝る」

“たった1冊で20世紀を代表する作品を書いた”と評されるフォレスター。しかし彼は作品の発表当時を振り返り、批評家のコメントが気に食わなかったと苦い顔をします。一線から姿を消した原因は別にあるのですが、とにかく文学界を取り巻く環境とはうまくいかなかったようです。
「彼ら(批評家)のために書いたわけじゃない」とフォレスター。では「読者のために書いたのか」とジャマールに訊ねられると「ノー」といいます。そして上のセリフに続くのです。
自分のために書く。全力で楽しみかつ苦しんで書くことがいい文章を手繰り寄せるコツなのは、書き手なら大きく頷くところでしょう。

そのあとのセリフも興味深く、見逃せません。
「第一稿はハートで書く。リライトには頭を使う」
文章を書く時には考えずに書き、推敲に時間をかけよと説くのです。考えずに書くとはちょっと驚きではありますが。


◼️ライター的チェックポイント3◼️とにかくキーボードを叩け

“考えずに書く”からわかるように、フォレスターはまずは書きはじめるタイプのようです。あくまで私の経験からですが、書き手にはいきなり書き始めるタイプと、プロットをしっかり立て結末まで決めてからスタートするタイプ、またはその両方取りと、大まかに3つがある気がしています。

二人はタイプライターを前にして向かい合います。名作家は「とにかくタイプしろ」といいますが、経験の少なさからかジャマールの指先は沈黙します。その様子を見てとり、フォレスターは行動に出ます。自らの作品の束を手渡し「タイプしろ」というのです。名作の書写は昔からよくいわれる文章上達の方法の一つです。ああ、これもそのことかと一瞬思うのですが、こう続くから驚きです。

「タイプしろ。単調なリズムで。1ページから次のページへと・・・」
「そして自分の言葉が浮かびはじめたら、それをタイプしろ」

耳を疑ったのはあとのほうのセリフです。これはまず体に文章や文体を染み込ませ、その後に続くように自分の世界を滑り込ませるということでしょうか。これがどんな効果を生むのか皆目検討がつきませんが、面白いと思いました。実は少しだけ書写を試みたことがあります。作者の息遣いも吸い上げるごとく、正確に書き写すことに必死でした。なのでそもそも自分の言葉が浮かぶなんてことは考えたこともありませんでした。

ちなみにここのセリフを英語で見てみると、
Sometimes the simple rhythm of typing gets us from page one to page,
And when you begin to feel your own words, start typing them.
となっています。
タイプライターを打つリズムは、心の奥底を目覚めさせ、言葉の泉から何かを引っ張り出してくれる感じがあるのかも知れません。いつかタイプライターでその感覚を体感してみたいものだと思います。
そのシーンの最後にフォレスターは、
Punch the keys for got things
と叫ぶようにいいます。自分自身までも鼓舞するかのように激しくいうのです。

映画のはじまりに印象深いシーンがありました。フォレスターの作品を語るところで、ジャマールが本質を突く発言をして、フォレスターがハッとするのです。書いた本人にしか分かり得ないような。フォレスターがなぜ彼の力になろうとしたのかがこのシーンからもわかります。
いい書き手はやはり、いい読み手でもあるということを思い出しました。
(この回終わり)


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