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ネコとの年月が私の歴史 (4)


Chapter 4
ミケティン
と、ネコ#3,4,5,6,7,8,9

この辺りは「多頭飼い家族の記録」という記事でも簡単に書いたが、ある晩ノラ猫一族の中で最も懐いていたミケティンが、子猫を口に咥えて家の中にダッシュで入って来たのであった。そして真っしぐらに人間の手が届きそうにないテレビセットの裏へ隠れてしまった。


彼女は初めから撫でさせてもくれるおっとり穏やかな、稀にみるタイプのノラちゃんだったので、この頃はしょっちゅう家の中に入っていたのだが、口に何かを咥えているのにはギョッとした。ネコの乳児を見たことがなかった私は、てっきりそれを私へのネズミの差し入れだと思った。それとも自分のミッドナイトスナックとしてか。ネズミという観念が湧いてからはそこからその発想は動かず、次の数分間はどうしたものか右往左往するのみ。5分くらいするとミケティンは再度外に出るという。そしてまた数分後にまた別の「ネズミ」を口に咥えて戻って来た。

その時点でようやく全貌が見えた。ミケティンは自分の生まれたての赤ちゃんを1匹ずつ救出していたのだった。同じ頃近所で「ネズミ」の死骸をいくつか見た。おそらくカラスか何かにやられてしまったのだろう。この時点で初めてそれがネズミではなかっただろう事を悟った。

思い起こせばそれより少し前に、ミケティンが押入れの中をごそごそ探索していた事があった。おそらく出産と育児をする場所を打診していたのだろう。

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こうしてかろうじて一命を取りとめたのが、ネコ#3と#4に当たる麻呂とモカだった。ミケティンは完全にうちのコになるのは否定したために、私がレスキューした数には入れていない。子猫達は家の中で安全に、母親にも人間にも見守られて育っていった。この頃の日々は神から与えられたギフトともいえる。

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翌年の春には更に子猫が5匹追加された。ミケティンが再度妊娠して出産したのだ。今だったら、一番に考えることは彼女の避妊だ。それも一年前に。だがこの時の私の最大の関心は、今年は家の中で安心して出産できるようにと、出産場所を綿密に考えて出産ボックスまで作ったことだった。ところが肝心な出産の日、私は仕事に行かなければならず、この大事な瞬間に家にいることができなかった。いたから何ができるわけでもないのだが、ただ傍にいたかったのだ。大抵のご主人が何もできないながらもやはり奥さんのお産の日は仕事を休んだりするように。

「猫が出産予定なので今日はお休みしたいんですが。」

が通用するかは疑問だが。

仕事から飛んで帰ると、元気な赤ちゃんが5匹産まれていた。三毛猫のせいかバラエティに富んだ色と形の5匹。

子猫1(ネコ#5) : ミルドレッド。ターキッシュ・アンゴラのミックスで、真っ白で短毛のスリムなネコ。オッドアイで片目がブルー、他方はオレンジ色だった。

子猫2(ネコ#6) : キュロ。次に人気があった、黒と白で俗にタキシードと呼ばれる長毛のメインクーンのミックス。足先がいずれも白くソックスなどと呼ばれることもある。

子猫3(ネコ#7) : レオン。短毛のシャム猫ミックス。今健在のミニヨンに良く似ていた。

子猫4&5(ネコ#8#9) : チェリーとココ。そうして後の2匹が、わりと一般的な白と黒の短毛種だった。飼い主でないとぱっと見分けはつかないかもしれない。


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工夫と愛情がこもった出産ボックスは見向きもされなかったようだが、全員無事で五体満足。ついでにいえば、一年前に生まれたモカは雄で三毛猫という希少種らしい。遺伝子的に突然変異とのこと。幸運だとか高く売れるとかいろいろ聞いた。とにかく一年前の悲惨な始まりに比べ、全てが正常で順調な始まりだった。


それから5日目にミケティンはいつものように昼間出かけて、そのまま二度と帰らなかった。いろんな想いが四六時中頭をよぎる中、その時点で子育てを引き継ぐ。何らかの事情で帰れないか、妊娠出産が終わったところで羽を伸ばしているのか、なんといっても彼女はやはりノラちゃんで半日は外で過ごし、子供のために帰って来ていたのかもしれなかった。それにしても一年前のあの献身的な我が子の救出を目撃した後で、まだ目も開かずママの顔を見ていない5匹の乳飲み子を置いていくということは考えにくかったが、それでも私がいるから安心してどこかにいるのか、どこかに行ってしまったのかもしれない。

もう一つの可能性として、私達は2週間後に隣町へ引越すことになっていて、ミケティンを連れて行くかどうかをずっと思案していたのである。他のノラちゃん達とは残念ながらお別れだが、ミケティンは身重だったし、一緒に連れて行って出産後に外に出してあげようか、とも考えていた。ネコはこういうことを察知する。おそらく私達が移動することを知っていて、一緒に行きたくなかったのかとも思った。彼女の親兄弟はここで外で暮らしている。彼女の子供は私の所にいる。選択しなければならないなら彼女はどうしたいだろうか。。人間だったら子供を選ぶだろうが、ネコはどうだろう。

そうして毎日、一回に5匹を4時間ごとに哺乳瓶でミルクをやる生活が始まった。幸い最初の4日間は母乳を飲んだので、発育に必要な免疫力などは母体から少しは受け継いでいたはずだった。10日程すると一匹ずつ目を開いた。でもそこにママの姿はない。あるのは人間の顔だけだった。

5匹の子猫がすくすく育っていったことだけが救いだったが、ミケティンのことは到底忘れることができなかった。引越した後も時々元の家の辺りへ顔を出した。彼女が子猫を心配して帰って来ていて、家がもぬけの殻になっていて中に入れずにいたら、必ず待っているはずだと思った。近所にできた友人達にも事情を話しておいたが、彼らも一度もミケティンを見なかった。私が子猫を誰にも譲らず全員引き取ったのは、可愛すぎて誰にもあげられなかったのもあるが、いつひょっこりミケティンが帰って来ても、全員すくすく育っているところを見せたかったためだった。何か月も経ってから飼い猫が帰ってくるという話は稀にだが聞く。まして彼女はノラちゃんだし、その気になれば隣町まで私達を探し当てることも奇跡ではない。でもそれはとうとう現実のものとはならなかった。

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私がある結論に達したのは何年も経ってからだった。おそらく10年以上経った後のある日、急にこの事実がひらめいた。ミケティンは一族と一緒におそらく毒殺されたのだ。私は地主がネコが増えすぎていたのを訝しく思っていたのを知っていた。ある時ノラの子猫が私の家にまっしぐらに入って来た時、大家がちょうど玄関に来ていて、その阻止しようとする態度と仕草から、この人はネコ嫌いだなと察した。ノラ猫を自分が貸している物件に入れてほしくないようだった。でもはっきりとは言わなかった。私がやってくる前からネコが10匹単位でそこにいたのを知っていたためだろう。

私達は同じタイミングで引越してしまったため気づかなかったが、ミケティンだけでなくあれだけ多くの団結して暮らしていたネコが全員消えてしまったらしいのである。どこか理想の場所を見つけて一族共々ぞろぞろと移動したということもあり得ないとは言わないが、なかなかないだろう。まして季節は住みやすい初夏。厳しい冬場ならばどこか暖かい穴でも見つけて移動したとは考え得るが、一匹残らずに、安全でゴハンももらえていた場所を去るとは、なかなか考えにくい。そんなことを何か月も考えながら暮らした。

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ある時前に住んでいた場所へいつものように様子を伺いに立ち寄ると、なんと子猫だった一匹が一匹だけでそこにいた。それは紛れもなく私がシロタンと名付けていたコだった。もう成猫の大きさだったが、彼女はユニークな模様の入った顔をしていて、紛れもなく彼女だった。生後一週間以内からうちの縁側の下にしつらえた2ベッドルームのコンドで育った、4匹のうちの一匹だった。
 私は興奮して「シロタン!シロタン!」と何度も名を呼んだ。2メートルくらいまで近寄ってその場にしゃがみ込み、いつもやるように怖がらせないようにただ名前だけを呼んだ。シロタンは子猫の時は一番おてんばで人懐っこく、好奇心旺盛で家の中にも真っ先に入って炬燵の中にも入っていたが、その時は微動だにしなかった。逃げもしなければ昔のように寄っても来なかった。今思うと彼女は自分だけ毒の入ったフードを食べなかったか、食べても致死量に満たず生き延びたのかもしれない。が、家族親族はみんな死んでしまい、一人で生き延びて来たのかもしれない。そしてもうどの人間も信用しなくなったのかもしれなかった。

そういうエピソードがいくつかありそれらを繋ぎ合わせると、猫の繁殖を解決するため、ノラ猫の群れを駆除するため、地主(または行政など)が全ての猫を毒殺か、捕獲して保健所で殺処分したと考えるのが最も辻褄が合ったのだった。私は自分の死後、このように悲しい別れを遂げたネコ達に再会できるのがとても楽しみだ。

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姉妹記事です。


もしもサポートを戴いた際は、4匹のネコのゴハンやネコ砂などに使わせて頂きます。 心から、ありがとうございます