見出し画像

不良妊婦になりたい

模範的であろうとする自分と、
欲求に素直であろうとする自分の間で、
揺れることが多い。

どちらかに振り切れれば楽なはずだけど、
綱引き状態になって立ち止まってしまう。

体重管理がこんなにも大変なこととは知らなかった。

妊娠前と食事内容を変えていなくても、
自分では食欲をこらえて適度な量で食事を終えているつもりでも、
いとも簡単に体重は増えていく。

体重計に光る数字だけじゃない。
身体でも重みを実感する。
どうせならペタンコの胸についてくれたらいいのに、
肥えていくのは、お尻と太ももばかり。
歩いていると、太ももの内側に、お尻の下に、
今までにない肉の存在を感じてゾッとする。

体型が崩れることは、まぁ、特殊事情だから仕方ないとして。
恐いのは、産道に脂肪がつくとお産が大変だという説だ。
どこにどれだけ脂肪がついているのか、体重だけでは分からないけれど、
ただでさえ苦しい出産が余計に辛くなる可能性が高まるのは困る。

でも、そのために毎度の食事に気をつけるのが、非常に面倒くさい。
栄養、カロリー、献立、冷蔵庫の状況に今月の食費、今日の気分、
すべてを満たす食事を考えるのは途方もなく、ややこしい作業だ。
しかも、一日に何度も考えないといけない。

できる範囲でやればいいと、頭では分かっている。
まだ数ヶ月は妊娠生活が続くんだから気楽に構えればいいとは思う。

それでも、何を食べようかと考えて、
揚げ物や甘いものを手にとった瞬間、頭のなかでダメだしが始まる。
「お前は赤ちゃんのことを考えていないのか」
「後で、苦しむのは自分じゃないか」
「食べるなとは言ってない。
 ちょっとメニューをヘルシーに変えればいいだけなのに、
 そのくらいのこともできないのか」
「激務でもないくせに、料理の手間を惜しむな」

そもそも普段から、お手本のような食生活をしているわけではない。
多少は栄養や健康を考えるけれど、
毎朝納豆、毎朝スムージーのようなヘルシー志向はないし、
夜9時以降は食べないみたいなストイックな習慣もない。

元から、それほどでもないレベルだったところから、
妊婦的超優良食生活を完璧にやり遂げようなんてのは無茶な話だ。

我慢している、がんばっているのに報われない。
そういう思いが募るばかりなら、
一食ごとに、そんなに考え込む必要なんて、ないんだろう。

それでも、私の頭は懲りずに、心に戦いを挑んでくるから厄介だ。
「今はこれが食べたい気分なんだよなぁ」と
主張する手足を必死で止め、野菜売り場へ導こうとする。
「日々の積み重ねが大事なのだ」という頭が勝つ日もあれば、
「我慢しすぎも良くないよね」という心が勝つ日もある。

実際、毎日、和食中心のバランスのとれた食事をとり、
適度に身体を動かして、ストレスも上手く解消し、
睡眠も充分とれている優良な妊婦なんて、どれだけいるんだろう?
合理的経済人ぐらい、あり得ない存在なんじゃないか。

そう思うのに、まだ割り切れなくて、
優等生妊婦であろうとして葛藤してしまう。

体重だけじゃない。
食べてはいけないものも多い。

お酒も飲まない、タバコも吸わないから余裕だろうと思っていたら、
気をつけるべき食べ物の多いこと、多いこと。
コーヒー、紅茶、緑茶、大きい魚、刺身、うなぎ、ナチュラルチーズ、
ほかにも、やれジャスミンティーはダメだとか、
妊娠中の芸能人がローストビーフを食べて非難されただとか、
アロエヨーグルトもよくないという最新研究があるとか。

本当かどうか分からない情報もあるし、
実際のところ、ちょっと食べたぐらいで支障はないと思う。
知らないで食べてしまった妊婦さんや、
あまり気にしないおおらかな妊婦さんからだって、
何だかんだ、無事に赤ちゃんは生まれてきているだろう。

日本は体重指導が厳し過ぎるという情報もあるし、
若い世代なら一汁三菜なんてできなくて当然というムードもある。
良くないとされるものを平気で食べている妊婦も身近にいる。

そんなにキリキリと「食べてはいけない」「いや食べたい」と
悶々としなくても、できる範囲で気を付ければいいはずだ。

それでも心をよぎる罪悪感。

検診で言われたひと言、理想の体重曲線と乖離した体重グラフ、
心配症の母親のイメージ、プレママ向けアプリの解説、
医師監修の情報誌.......

そんなものに振り回されずにいたい。
不良妊婦になりたい。

優等生妊婦にも不良妊婦にもなりきれない自分が歯がゆい。
きっと、このままだと、子どもが生まれた後も
完璧な母親を目指そうとして、無駄な葛藤をするんだろう。

不良妊婦になりたい。

いや、不良になりたいというか、
この何も生まれない葛藤をやめたい。

ああ、今、おやつが食べたい。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?