期待しすぎないことが大事

仕事とか恋愛とかでよくこのワードを聞くことがあるけど、僕は絶対に使わないようにしてる。端的に言うと嫌い

「期待しすぎないのが大事だよね」と言ってるのを見ると、どちらかと言うとしたり顔で相手に責任を転嫁してるように感じるケースが多いせいか、あまり自戒として受け取れない。その印象もあってか、結局「期待を下回る人間だと諦めて接することを体裁よく言おうとして何も良くできてないケースだと認識してる。

僕の周りは幸い期待しても大体うまく結果が返ってくる人しかいない(過大評価かも知れないけど)。

多分2つ理由があって、
・そもそものお願いしたいと思ってる物事が少ない
・相手が普通に有能

のどっちかだと思う。

そもそものお願いしたいと思ってる物事が少ない

期待する側は期待される側と同程度の労力を払うべきだと思っているので、仕事とかを細かな粒度で分解して、自分の時間を使って教えられる範囲のことだけ最初任せる、などしないといけない。

なので、双方のタスク許容量を超えないようにお願いしたいことの量を無意識のうちに制限することが幸いして、うまく回ってそう。

多分お願いする側が、自分のタスク分解労力をあんまり丁寧に見積もらないと、「丸投げしても動けると思ってたのに!キィー!」となる。

相手が普通に有能

単純に有能で期待値を普通に上回ってしまったケース。恋愛とかだと、僕の彼女は僕より有能なので、期待しすぎない...とか考えたことがない。

仕事でいうと、実はちょっと前、とある人がチームに入ってきた時に、「他の人の評価はポジティブですが、正直僕はまだあなたのスキルに懸念があります。おそらくチームの中で最もあなたに対する評価がシビアかと思います。なので未知数かも知れないことも踏まえ、タスクは最初細かい粒度で任せていくので、調整していきましょう」的なことを言った。

結果その人はクッソ有能だったので、最近のチームの振り返りで、「〇〇さんが有能なので僕は何もしなくて良くなりました。お疲れ様でした」みたいなことを言うことになり、個別にMTGした時は「すいませんでした僕の見立てが甘かったです、今後ともよろしくお願いします」と平謝りだった。

こういうケースが多いので、「大体の人は有能だなー、隠居しよう」と思っているのだけれど、僕の周囲の世の中が恵まれているだけかも知れない。

とにかく僕が言いたかったのは、「期待しすぎないのが大事」とかいうと無責任に見えるので、まずはもうちょっと正確にお願いすることとお願いにかかる労力を算定しつつ、お互いの関係を明確に認識できるコミュニケーションを、初手でするのが大事ってことだった。


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timakin

Software Engineer.
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