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毎回スタバの新作を発売日に飲んで写真をつけて「今までで1番美味しい!一生飲める」と投稿しているけれど、普段はコンビニのコーヒーしか飲まない友人

 毎回スタバの新作を発売日に飲んで写真をつけて「今までで一番美味しい!一生飲める」と投稿するような男だった、こいつは。今わたしの目の前にいる、夏休みだからって茶髪にするようなこいつ。

「ちゃんと部活の時には黒染めしてるよ。毎回面倒なんだけどなー、キューティクルにもよくないし」

 と笑うこいつは、演劇部で唯一の男だった。

 高校演劇で、男子部員というのは少数だ。そして、男子部員のいる演劇部は強い。悔しいことに男子は笑いも取りやすいし、舞台上で少々粗雑な扱いをしても、観客が心配しない。シンプルに声もでかい。それゆえ、男子部員が入るか否かは、演劇部にとって重要な課題なのだ。

「マジで校則違反とかやめてね。部活できんく(出来なく)なったら本当やだから」
 駅のベンチに座ったこいつの、茶髪のてっぺんに向かって説教する。
「わかってるよ部長―。その辺、俺、プロだから。それに今期の頭髪服装の中センは話分かる先生だしさあ」
 こいつ、ふにふに笑いながら、準急が通過して私の長い髪がばらばらと風にあおられてバラバラになったのを、楽しそうに直してくる。
 もう、やめいよ、無警戒に触んな!

 二年の時に、わたしがこいつを演劇部に誘った。誘ったらホイホイついてきた。小学校のころから目立つことが好きで、人前でバカやったり、校則で禁止されてる動画投稿や配信もこっそりやってる奴だった。
 別に幼馴染というほど馴染んでもいないが、小・中・高校と同じ学校だったというのもあるし、それに、男にしては気遣いが上手い方で、話しやすさもある。あんまり近くにいると、男女ってことでなんか言われるのも嫌だから、適度な距離感を保ってはいたけれど。
 まあ私は、部員が私含めて三人もいないような、弱小高校演劇部に入るような奴だし、クラスの縦のラインから外れていたから、男女男女でやいのやいの言われるような立場ではなかったが。

 こいつもこいつで、外れ者でもあった。

 男子なのに「部活動に参加しない」という選択をしたところで、まず浮いていたし、常にふにふに、何考えてるのかわからない感じの笑みをふりまくこいつの三白眼の白い顔は、一部の女子には面白がられる感じでモテはしたものの、珍獣扱いで、あれだ、写真で見る分には格好良いのだろうけど、全体的に漂うウソ臭さ、やってる感が、クラスの縦のラインの中にやっぱり入れない感じ。
 友達は極端に少ないようだが、コミュ力はあるのか、昼休みに孤独って感じでもない。男子の、特定の友達も作らないでいるあの感じ、どうやって息ができるのかわからん、と、一応は女子をやっている私は思う。

 そんな奴から毎年、誕生日おめでとうラインを貰う私もどうかしてる。
 別に普段、話し話されるような感じじゃないのに。そもそも、いつ私はこいつにライン、教えたんだっけ。
 まあ、こいつに友人、という風に思われても、私は嫌じゃない。別にどうでもいいとは思っていた。

 一線を越えたのは私の方だ。
 こいつを演劇部に誘った。
 どうしても、秋の大会の脚本では、本物の男子が欲しいと思った。
 いまのタイミングで演劇部に入ってくれる男子なんて、こいつ一人しか思いつかない。
 それだけ、私は次の大会で勝ちたいんだ。なにせ、人生初めて自分で脚本を書く。演出もする。
 その時に出てくる登場人物に、どうしても男が、というか、こいつが、必要だと思ったからだ。

 私はこいつが、けっこうなフォロワーのいる配信者って事も知ってるし、インスタでフォロワー一〇〇〇人超えてるのも知ってる。被写体やってます、みたいな感じで、コスプレしたり、見たことのないインフルエンサーと「現役高校生とコラボやってます」みたいな動画とられてんのも知ってる。
「これ、SNS用の制服なんね」と、モスグリーンのペラペラな生地のブレザーを着てるところを見たことがある。ウチの高校はSNSは禁止で、制服は学ランだ。
 
 こいつはもう、すでに何万人にも自分を見られてるんだな、と思う。
 何万人もの知らない他者に、自分が飲んでるスタバの新作をアップしてるんだな。
 田舎の高校の演劇部で、わずか数十人の、他者ともいえない観客に演劇を見せようとしている私と、世界が違う。

 それでも、どうしてこいつは、二年の中途半端な時期に、演劇部に入ってくれたんだろう。
 どうして私みたいな地味な女と、友達みたいに接してくれるんだろう。

 こいつの手にしている、パックのコーヒー牛乳が目に入った。
「わたぼく」のコーヒー牛乳。
 中学校の近くの商店にいつもおいてる奴。
「スタバの新作、一生飲めるんじゃなかったの?」
 髪をかき上げてこいつを見下ろす。スポーツバッグを肩掛けにしてリュックみたく背負ってるところに髪がかかる。
「一生飲むならこっち」
 すっと、駅のベンチから立ち上がる。
 背はこいつの方が高い。
 中学校の時は、背の低いグループにいたはずで、私の方が高かったはずで。
 警笛。
 普通電車がホームに入ってくる。誰かが白線の外側にはみ出たんだ。
「いくかー」
 私とこいつは、「普通」に乗り込む。高校の最寄り駅は五駅先。
夏休み。私たちは演劇部の練習のため学校に行く。

 私はこいつが、普段は商店に置いてある「わたぼく」のコーヒー牛乳しか飲まないってことを、この夏、今、初めて知った。

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