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【改憲コラム】アメリカの『憲政の危機』"Constitutional Crises"よりも深刻な危機にある日本の立憲主義

はじめに

アメリカのトランプ大統領とその閣僚がいわゆる『ロシア疑惑』の調査で議会の召喚命令を無視している問題。議会の下院司法委員会のナドラー委員長はこれを「憲政の危機」 (Constitutional Crisis)と呼んでいるそうです。

[参考報道]英BBC(2019.05.09)

ただ、この表現、アメリカの政界では(とくにトランプ政権発足後)あまりに濫用されていて、その本当の意味するところが不透明になっており、さまざまな説が飛び交っています。

そんな中、米経済紙『Business Insider』(BI)は、厳密にどういう状態が「憲政の危機」と言えるのか、掘り下げて報道しました。

この「憲政の危機」という言葉、現在の日本も無縁ではありません。あまり、こう表現はされてきませんでしたが、ある中道左派政党の誕生で「立憲主義の危機」が広く認識されるようになりました。立憲民主党です。

日本では、立法手続きの渦中で憲法上の手続きが軽視されたり(法案の強行採決)、憲法を時の政府の解釈で濫用することが横行したり(解釈改憲)、「行政の長」が「立法の長」を名乗ったり(越権行為)、行政が司法(の人事)に対する過度な干渉を行う(三権分立の崩壊)など、まさに「立憲主義の崩壊」に瀕しているといえます。

アメリカが瀕する「憲政の危機」

ではアメリカでいう「憲政上の危機」とは何なのか。

この点で研究を行ってきたアメリカの政治学者らのグループが2017年、米ABCの運営する『Five Thirty Eight』に発表した論文によると、「憲政の危機」 には四つの種類があるそうです。

曰く

「ある事態に対応するにあたって憲法がその指針とならないとき」
When the Constitution doesn't tell us what to do in a given situation.
「憲法上の意味 [定義] が不明瞭で疑問視されるとき」
When the meaning of the Constitution is unclear and comes into question.
「ある事態に対応するにあたって憲法はその指針として機能するが、それを実践するのが非現実的であったり政治的に困難なとき」
When the Constitution provides guidelines on what to do but following through would be impractical or politically unfeasible.
「政府機関や権力の抑制と均衡が破たんしているとき」
When the government's institutions and the system of checks and balances provided by the Constitution fail.


これらに加え、政治学者のウィッティングトン(Keith E. Whittington) 教授は、「憲政の危機」は、「憲法がその中核的機能を果たさなくなるか、果たさなくなる重大なリスクが顕在するとき」に生じる("Constitutional crises arise out of the failure, or strong risk of failure, of a constitution to perform its central functions," ) といいます。(論文PDF

また教授は、「憲政の危機」には『運用の危機』 (operational crises) 『忠実性の危機』 (crises of fidelity) の二通りの危機があると説明します。

このうち、『運用の危機』は、「重大な政治的紛争を既存の憲法上の枠組みでは解消できなくなったとき」("when important political disputes cannot be resolved within the existing constitutional framework," ) に生じる危機、『忠実性の危機』は、「枢要な政治的主体者が、既存の憲法上の取極めを最早重視せず、憲法が禁ずる事柄を組織的に否定するとき」 ("when important political actors threaten to become no longer willing to abide by existing constitutional arrangements or systematically contradict constitutional proscriptions.") に生じるのだと言います。

トランプ大統領とその閣僚による立法府への挑戦は、『忠実性の危機』に相当し、その分類は「政府機関や権力の抑制と均衡が破たんしているとき」に該当するといえます。アメリカ議会では、司法委員会の委員長を始め、下院議長のペロシ氏までもが、「憲政の危機」であることを認めています。

日本が直面する「立憲主義崩壊」の危機

では、日本はどうでしょうか。

ウィッティングトン教授の定義でいくと、トランプ政権同様、『忠実性の危機』の問題で、その分類は「憲法上の意味が不明瞭で疑問視されるとき」そして「政府機関や権力の抑制と均衡が破たんしているとき」に該当する場合といえるでしょう。つまり、アメリカよりもっと深刻な危機にあります。

まさに日本は、ウィッティングトン教授のいう、「憲法がその中核的機能を果たさなくなるか、果たさなくなる重大なリスクが顕在するとき」に生じる危機的状況にあるといえるでしょう。

こんな危機的状況にある時に、依然「一強」状態にある安倍・自民党は結党以来の悲願である改憲を果たそうとしています。そのことの意味、重大性を、憲法が持つ厳密な「機能」という観点から問い直す意味で、今回の投稿をまとめてみました。議論の喚起につながることを願います。

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