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ばあさんの 記憶に残る 七五調

95歳のおばあちゃんが、いつもどおりの元気ハツラツとした声で言った。

いつまでもあると思うな親と金

ゆったりとした口調で、五・七・五を切り分けながら、入れ歯のがたつきも乗り越えて、元気ハツラツと発声していたのだ。
「言った」よりも「詠んだ」のほうが適切かもしれない。

まさに僕の世代ですら当然のように知っている言葉である。
目の前にいる親不孝な人間に対して、ちょっとネタっぽく、冷やかし気味に使われることが多いだろう。
この言葉は川柳というのが正しいのか、教訓や標語というのが正しいのかはよくわからないが、この五七五の言葉は真理をとらえているらしく、昔から現代にわたって広く語り継がれている。
たしかに僕にとってもグサッとくる重みのある言葉である。

のちに調べてみると作者は不明だった。
仮に松尾芭蕉が詠んでいたなら、世代を超えて語り継がれるのもわかる。だって影響力がある人間だからだ。
しかしながらの作者不明。SNSすら存在しなかった時代にどういう経緯で流通したのかも興味深いが、ともかく作者すら不明の言葉が、うん十年も前の昔から、確実に伝承されている事実には驚かされる。


2022年。1月中旬。まだ年始の枠には入るだろう。
そんなわけで仕事上、会話のできる方々から「年末年始はどう過ごしたのか」みたいな、ちょっと前の過去の話をふられたりすることがある。
そこで「覚えてないんですか?ここで働いてましたよ」なんて生真面目に答えてもしょうがない。元気ハツラツといえども相手は95歳なわけで、イチ介護職員と接したちょっと前の過去なんてものは覚えていないのが常である。

このような事情ややり取りをバックに95歳のおばあちゃんが発した言葉が、冒頭の引用句である。

一応、「コロナ」や「オミクロン株」という建前はあるものの、今年も独自の意思で、千葉の実家に帰らなかった僕としては耳の痛い言葉だった。
カネはさておき、たしかに、両親がいつまでも昔のまま元気でい続けるわけはない。だからきっと年に一回でも顔を見せるのが、一つの親孝行な気はしている。「親の顔を見る」ことよりも「親に顔を見せる」ことのほうがきっと重要だろうから。

そう思いつつ、そろそろ丸2年になる。
母は相変わらず元気らしいが、父は年末から坐骨神経痛に罹ったと聞く。ひどい時は階段で2階に上がることもできなかったらしい。
つまり昔とは確実に変わりつつある。ここいらで息子の顔を見せる意義は大きいだろう。


年末年始。そんなわけで僕は、リアルタイムで親不孝を実感していた。
そんな中で聞かされたのが、95歳のおばあちゃんが元気ハツラツと引用した例の言葉だった。

いつまでもあると思うな親と金

耳が痛かろうが真理。100%正しいと同意する。


さて、これまで僕はよく知らなかったが、実はこの言葉には続きがあるらしい。

いつまでもあると思うな親と金
ないと思うな運と災難

95歳のおばあちゃんはそう続けた。
きっと反射的に、定型的に、染みついた下の句が口をついて出たのだろう。

僕の単純な解釈では、”ないと思うな運”の部分でいったん持ち上げられた気がした。本来この言葉は応援ソングだったのかもしれない。
親不孝で耳が痛かった僕にとっては救いだった。「色々あるだろうけど、がんばれよ」という応援メッセージ。95歳のおばあちゃんはそれを伝えたくて、わざわざ下の句まで引用してくれたのではないか。そこまで想像てしまった。
だがすかさず”と災難“で我に返されるわけで、やはり襟を正して生きるべきなのかという戒めで締めくくられるわけだが。



僕は毎日短歌をつくっている。
「一日一首」というルールを自分に課してからかれこれ8年近くなるので、駄作も含めて、これまでで一応3000首近くはつくってきたようだ。
短歌を始めてみようと思った動機はいくつかあるけれど、理由を二つ挙げるなら、「定型」は強い、「音韻」は強い、という二つの仮説があったからである。

同じような意味内容の言葉を単につぶやいても、おそらくタイムラインの波にさっと流されていく。でもあらかじめ三十一文字からなる「定型」だとわかると、日本人なら、ゆったりと詠んだり、深読みしたりするはずで、言葉への滞在時間は少し伸びるのではないだろうか。あるいは記憶に定着しやすくなるのではないだろうか。そのように感じていた。

また短歌や俳句、川柳というのは不思議なもので、こちらがリズムやメロディーを指示したわけでもないのに、それぞれの詠み手が同じようなテンポ、同じような節で詠んでくれる。とりわけ七五調の言葉にはそのようなイリュージョンが起こる。その共通感覚が面白いと思っていた。だから「音韻」の不思議さも確かめてみたくて、僕は短歌に手を出したのだ。



今度は僕のほうから、95歳のおばあちゃんにふざけ半分でふることもある。

元気ハツラツ~?

すると95歳のおばあちゃんは、入れ歯のがたつきを気にしながら元気に返してくれるのだ。

オロナミンC!

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