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【ドラマ記録】そんな最後はあんまりだ

 TBSドラマ「天国と地獄~サイコな2人~」を観た。
 放送当時は、タイトルが微妙にダサくてどうにもこうにも食指が動かなかった。とりわけ「~サイコな2人~」がダサい。黒澤明監督作品と区別をする為なのだろうが、事情がどうあれダサい。Amazon Prime Videoで見放題配信中、なんだかドラマが観たい気分、高橋一生の顔面が好き、という三要素が揃ったので、先日うっかり再生した形だ。
 結論を言うと、めっちゃ面白かったです。若干の間延び感こそあれ、脚本の妙と役者の技がぎらぎらに光っている素晴らしい作品でした。

綾瀬はるか主演。ドン詰まりな女性刑事と殺人鬼の魂が入れ替わる!人生が逆転した2人の愛と運命が交錯する究極の入れ替わりエンターテインメント!共演は高橋一生ほか。

Amazonより引用

 昨今流行の入れ替わりものだ。どん詰まりの女性刑事、望月彩子(綾瀬はるか)と、殺人鬼日高陽斗(高橋一生)の中身がずるりと入れ替わる。実写でやるとなると、役者さんに滅茶苦茶な演技力が求められることになるわけだが、そこは流石の大物俳優、綾瀬はるか様と高橋一生様だ。どこをどう見ても入れ替わってる。
 コロナ禍真っただ中に撮影されたドラマだけあって、マスク着用やソーシャルディスタンスの維持、体調不良時の対応に関する言及が目を引く。撮影も大変だったんだろうなぁ。
 会話シーンの多くが電話を介して行われているのも印象的だった。コロナ禍で対面シーンを増やすのはリスクが大きい。誰か一人でも罹患すれば撮影が全て止まるのだ。だからこそ主人公二人を、会話するにあたって主に電話を使わざるを得ない関係にしたのだろう、と推察する。「殺人鬼」と「刑事」という、表向きには接点があってはならない、しかしのっぴきならない入れ替わりで頻繁な連絡が必至な二人が、直接会わずに電話で諸々を済ませるのは自然な流れだ。脚本家とは凄まじい仕事だ、と舌を巻いた。

 ここからは、若干のネタバレが入ります。ネタバレが嫌だようという方は是非、Amazon Prime Video で全話一気見の上読んで頂けると幸いです。



 ところで、Amazonの説明文には「二人の愛が交錯する」とあるが、望月彩子と日高陽斗の間に恋愛的な要素は全く無い。「貴方は私だったのに」「私は貴方で、貴方は私ということです」といった台詞は確かに登場し、その台詞を聞いた外野には「メロドラマやってんじゃねぇぞ」とやじられたりするが、別にメロドラマではない。文字通り、貴方が私で私が貴方だっただけだ。

 メロドラマ的な愛があったとしたら、望月彩子の家に転がり込んでいるヒモ男、渡辺陸(柄本佑)だろう。
 渡辺陸は便利屋で、清掃業や犬の散歩代行なんかをしてくれる「便利屋りっくん」として働きつつ、ハウスキーパー(自称)として望月彩子の身の回りの世話をしてくれている。若干ちゃらんぽらんみがあるが、元々証券会社でばりばりに稼いでいたらしいこと、しかし「震災ボランティアで自分の無力さを知って、無人島でも生きていけるような男になりたくなった」という理由で退職したあたり、しっかりしているし育ちが良い。

 渡辺陸は、望月彩子を守るために生まれてきた人間だ。
 作中で、本人がそう自称している。彼は望月彩子に陶酔しているのだ。望月彩子の自己中心的な野心家ぶりを「かっこいい」と評し、望月彩子の無茶苦茶を全て許す。自分のことでいっぱいいっぱいな望月彩子を、信じて、笑って、助けてくれる。望月彩子の為なら、殺人鬼が誰なのか確定させる証拠だって隠滅しようとする。

 しかし、愛は敗北する。望月彩子の為にやってもいない殺人事件の犯人になろうとする日高陽斗に、渡辺陸は敵わない。渡辺陸は、証拠隠滅すらやり遂げられなかった。

 最終話で、渡辺陸は姿を消す。事件を終えた望月彩子を抱きしめて、「お願いがある。ナッツは駅の向こうの安いスーパーで買うんだよ」と言い残してから仕事に出掛け、その日を最後に望月彩子の家には二度と帰らなかった。渡辺陸がいなくなった理由は明言されていない。
 渡辺陸は、どうしていなくなってしまったのだろうか。日高陽斗に敵わないと思ったからだろうか。証拠隠滅すらやり遂げられない自分には望月彩子を守れないと考えたのだろうか。他人の為に泣いて暴れることができるようになった望月彩子に自分はもう必要ないと思ったのだろうか。

 いずれにせよ、この別れ方は狡い。望月彩子が忍びない。
 やっと事件が終わって日常が戻ってきたというのに、そこに渡辺陸が居ない。金と時間を贅沢にかけて作ったあのラーメンが出てこない。ナッツをつまみに陽気にハイボールを呑みたいのに、駅の向こうのスーパーで買ったナッツに渡辺陸を思い出す。ナッツを買おうとする度に、最後の言葉を思い出す。映画「窮鼠はチーズの夢を見る」の灰皿よりも質が悪い。
 渡辺陸の穴を、日高陽斗は埋め得ない。だってそもそも役目が違う。日高陽斗は望月彩子を愛しているかもしれないが、望月彩子を守る為に生まれてきていない。
 望月彩子は強い女なのできっとおくびにも出さないが、渡辺陸が空けた穴をずっと抱えて生きていく。

 でもそれってちょっと良いかもしれない。万が一恋人と別れる日が来たら、渡辺陸の去り際を参考にしようかな、まで考えて、泣きそうになったのでやめた。

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