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アレデライフ!(4)

7.風呂問題と2秒とワタシ

青頭巾和尚が仮に「ゆうれい」だとすると。
今の私にとって「ゆうれいと話す」とは、現実の人間と話せないときに、次善の策……いや、「最悪よりはまし」ていどのところでやることではないのか。

だいたい、なんで家を出てきちゃったのか。
だいたい、なんでれいらみたいに、しくしく泣けないのか。
だいたい、なんでこんな荒れ寺にきちゃったんだろう。

そして、なんでマミー型寝袋で汗だくで密封状態になってなきゃいけないんだ。なんで。
ここは不愉快な虫だらけだ。

……でも、人と話すより不愉快な虫と戦ってたほうがまし、と感じる。
少なくとも今は、かたくなにそう思う。そう思ってないかもしれないのに、そう思おうとしてほかの選択肢を断ち切っている、現時点での自分がいる。

「私じしんの怒りとか悲しみとか不安とか恐怖とかを自分の中にさぐりあてた気になったらば、背骨にそってふうーーーーっと息を吐いてリリースする」 という「背骨に沿って方式」。どうやら、保健室の先生にとっさに習っておいたそれは、私にとっては使えないものみたいだった。今の私には「背骨に沿って」という芸当ができない。腹と胸のむかむかが収まらないので、背骨の意識、という練習に手がつかないのだった。

練習が手につかない、というのと、「どうなったっていい」のとは、あきらかに、ちょっと違うことがわかる。

むしろあれだ、「おかしなことになっちゃってることは、うすうす自分でもわかってるんだけど、だから何! ってそこで怒りがマグマみたいに噴き出してくるもんだから、修正のしようがない」ってやつかもしれない、これは。


身のふりかたをどこかで間違えたけど、修正のしようがないかんじ。
別の過ごし方をいやだとおもったら、そうじゃない過ごし方につっこんでいくしかない、というかんじ。

今の私は、全力疾走で、「一人」を求めて逃げている。

オトウサンドコイッタノ。
オカアサンドコイッタノ。
オカアサンオカアサンオカアサン。
コワイヨ。
コワイ。
コワイ。


・・・・・・


ためらいがちに、プリント係が言った。

「あのさ。微妙なこと言うけどいやだったら無視してくれよ。あのさ。風呂、入れてる?うちのママがさ、シャワーの設備とかないんなら貸してあげるよってさ」
「いらない」
「そっか」

私はプリント係の顔をあまり見ないようにした。
君と対話で考えを進めたいわけじゃないんだ。ひとりにして!
~と、とっさに反射的に思った。

まてまてまてまて。怒鳴って追っ払いそうだ。

誰を? 誰をって、せっかくクラスで唯一「訪問してきてくれた」プリント係に対して、怒鳴りそうだ。そしてプリント係を追っ払いそうだ。
誰が? 誰がって、私がだ。せっかくれいらの次くらい相性マッチング度の高い相手に対してだ。
あ、いや、相性マッチング率が高いから、べたっと依存して甘えを出して感情ぶちまけようとしてんのか。そっちか。

ちょっとまて。2秒でいいから待て。
「アルプスの少女ハイジ」のアルムおじいさんみたいに、「へんくつ」なんて周りが不介入を決め込むのに都合のいいレッテルを貼られて遠巻きにされたくなかったら2秒でいいから待てワタシーーー!

私は舌を上あごにぎゅうううううっと押し付けて2秒を耐えた。それから
ふううううううう
と息を吐いた、やっとのことで。

ちなみに、私は6秒を耐えるということが長すぎてきらいだ。
だから、そこはカスタマイズして「2秒待て!×3セット」で分解して対処することにしている。うまくいかなかったら別の手を使う。


どうやらそれは、赤の他人が「風呂」というすごーく踏み込んだところに言及してきたから、

「びっくりした」

ので、反射的にどーんと距離を取るために押し返そうとした動きらしかった。
プリント係もだいぶクッション言葉を使ってくれたもんだから、こっちもワーッと暴力暴言を出してしまわずに済んだ。ああいうのは一度使っちゃうと、自己正当化がからんで繰り返したりするから、クセにしちゃまずいんだ。

私は、こういうときのコミュニケーション選択肢が(有料サービスなくせに!)てんでばらばらに明後日の方向へ使えなくなってしまうのをちらっと見た。
そして、どの選択肢にもない説明を試みた。

「ああ、えーとねプリント係。私いま、お父さんとお母さんの代わりを手軽にほしくないのね。安心な家の代わりも手軽にほしくないのね。困ってんでしょ? って察してもらって、代わりのお品物が、ひょいって来たら、お父さんとお母さんと家の代わりってそんな手軽なもんじゃないから! って爆発しちゃいそうなのね。たぶん防犯とか考える人たちの脳みそだと理解不能だろうとおもうんだけどね。そういう意味のいらないってやつでね。もしかすると別の日には別のこと言ってるかもしれないけど。アリガトーデモ今日ハーヒトリニシテオイテー」

さいごの部分はまるでロボットっぽい棒読みだった。プリント係は
「わかった。じゃ、ふと違う状況になったら、呼べよ」

と神のようなひとことを置いて去った。
私は
わあああああああ!!!!!

と叫んで泣きそうだ、と全身で思いながら黙りこくってそこにいた。

わたしはひとりになったあと、やっぱり青頭巾和尚に話しかけるていで、ひとりごとをつないでいった。
「コインシャワーとかコミックカフェの設備とかを使うか、お母さんが連れてってくれたことあるお風呂カフェいくか、自前か、ちょっと考え中」

「自前。 ……とな?」

「カプセルテントとかワンタッチルームって8000円弱から3000円台であるのよね。シャワーと簡易トイレを道具として切り取ると、仕切りのある部屋を買って、シャワーを持って入るか簡易トイレを持って入るか、という」

青頭巾和尚は話についてこれてないのか、返事をせずにゆらゆらとそこにいる。

それでいい、それで結構!

・・・と、私は吐き捨てるように心の中で思った。

私は話を組み立てるために投げてみる相手を永久に失ったのだもの。
お父さんとお母さんの代替品がカンタンに用意されていてたまるもんですか。

ああ、たぶんそういうことだった。

気軽に話しかけてみる相手を永久に失ったのだもの!

たぶん、私は奇妙な行動と奇妙な脱走と奇妙な逸脱で、全身全生活を使って、そう言いたいらしかった。
やれやれ、手に負えないってこのことね。と私はひとりごとを言ってみた。
他人の言動の背景は、推測不能なくらいよくわからない。自分の言動の背景さえも、こうやって何日も何日も間をおいてからじゃないと、解析不能なのだもの。

「防災グッズで、 “固めるトイレ” って粉末タイプであって、後始末に困らないようになってるんだよね」
完全にひとりごとだ。
「だけど生き延びるには、そこらへんをうろつく犯罪者の目をひかない、というのがだいじ、でもあるしね」
わたしはひとりごとをいいつづけた。

「私には護身術とか格闘技とかの備えがない。
それなら、トイレとシャワー、なんて無防備なものを、そこらへんにおいとくリスクを取らないほうがいい」

「バス停からバス乗ってー、あそうだ、市民プールのシャワー室に、水泳やるふりして入場券買って入り込むのが、今の時点では、一番てっとりばやい」

・・・明日にしよ。私はひとりごとを言い終えた。

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!