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親友だろ。ーー成長小説・秋の月、風の夜(78)

上体をもういちど、起こしてみた。まだ、寝ていたい。高橋は枕をかかえて、うつぶせてみた。
「なあ四郎、奥の人どんな感じだ。……僕がだまし討ちみたいにしたから、もう、口きいてくれないかもしれないな」

「今、しずかにしとんさる」四郎は自分の胃のあたりをなでた。「俺が生まれたころよりも、けっこうおとなしぃならしたかもしれん」
「僕をまるのみしたがってたが、まだその気配は、あるか」
「それは、もう全部、始末した」四郎は、それでも傷ついたような表情のままでいる。

「気になってること、言えよ。……大丈夫だからさ」
高橋は、そんなふうにうながしてみた。
「俺、高橋と親友やなくなってまったら、どうしよう、と思った」
「それは、どういう?」
「奥の人が、お前のことつないでなぞって、取り込んで、自分で考えられんようにしてまって、呑みこんで思い通りにしようとしとった」四郎は、そこまで言って、黙りこくった。

高橋を見ることができない。

「苦しそうだ」
高橋が、そっと言った。四郎はうなだれた。「奥の人、高橋のこと、親友としてもほかの意味でも気に入っとった」
「わかるよ。奥の人はお前とは違って、男も女もどっちでもいいからな。一方で僕は女性が好きだし、お前は奈々ちゃん一人を大事にしたいクチだ。お前は、奥の人の感覚だか、自分の感覚だか、わかりづらくて苦しかったりした?」
「俺、……俺混乱して……お前との距離感がおかしぃなってったら、どうしようと思って」

「お前が奈々ちゃんをなぞってつないだとき、僕らうっかり、間接キスしちゃったからなあ」高橋はむしろ、おもしろそうに言った。四郎は傷ついた表情でおしだまる。

「なあ、僕との間柄が変わっちゃうのがこわかったのか、僕が奥の人に取り込まれちゃうのがこわかったのか、それとも親友という立ち位置が崩れちゃうのがこわかったのか、何がこわかった」

「ぜんぶ。奈々瀬のこと、つないでなぞったら、奈々瀬、お前ともっと距離が縮まったらどんな風なんかな、てって想像しとるのがわかって……それも俺、びっくりしてごちゃごちゃになってまって……」

「そうか、そこ、区別がつかずに全部か……。奈々ちゃんと四郎と僕の三人は、よろしくない組み合わせだったなあ」

高橋は枕にしたクッションを折り曲げ直して、ふたたび頭をもたせかけた。
「まずさあ、お前の感覚じゃないもの、お前の外に放り出しちゃおうよ。奥の人のと、ご先祖さまたちのと、それに奈々ちゃんのも。奥の人もご先祖さまも、一人になるのがこわくて、失うのがこわくて、はじめから孤立しようとする。同時に過干渉して依存性のある自己犠牲を払わせて、相手の自意識がなくなるまで距離をつめさせる。間柄を支配することで、物理的に失わないようにしながら、そのじつ相手の自律性を壊して相手を失ってしまう。ここから、こんな広がりだ。かぶせて、消しちゃえよ」

「……」四郎はうなだれたまま、やがてぽろぽろと、涙をこぼしはじめた。「ともだち、せっかくできたのに……奥の人……奥の人もかわいそうやけど、親友なのに、対等やの尊重やのてってことがわかっとらん、しやっせることがひどい……」
そうして、まるで弔いをするように、奥の人をまるごと白い布でつつみこむようにした。一緒にもっともっと、大きな深い範囲で、何かを消そうとする。高橋が感覚してポイントした部分など、ほんの1/3程度。高橋はあわてた。「まて、ちょっと待て、それは何だよ」

「俺の、友達だいすきなきもち」

「消すなよ、お前の気持ちは。自分と他人の感情が区別できたらば、お前の感情は持っててくれよ。せっかくの親友だろ」
「やって、仲ようしてそばにおると、わけわからへんようになって、お前のことどうしてまうや知らんもん」四郎は袖で涙をぬぐった。
高橋は、(参ったなあ)と思った。
前科があるのだ。小学校五年生のとき、奥の人と四郎とがご先祖さまにわーっとつかみかかられ、わけがわからない状態の中で、エサの年齢ギリギリだった母親に、右目と片方の腎臓を失う大怪我をさせている。

だいすきな人に大けがをさせるか、死に至らしめる。DVなら、することはひどくとも、まだ類例がある分、予測もつくだろうし対策も立つだろう。四郎の場合は、あまり類例がなさそうなので、得体の知れなさが本人にも身内にも耐えがたくなってしまうのではないだろうか。

一方で奥の人から受け取っていた感覚は、全然違うニュアンスだった。
エサではない男衆は、途中で体を切り刻んだりして殺したりはしない。手元に置いておき支配に服させ使うもてあそびもの、一族と郎党はそういう集団構成で利害関係を一致させる。そんな感覚。
康さんはこれをやられて忠誠心が執着と化したらしい。

(たまらんなあ)
高橋は深く息を吐き、頭をすっきりさせようとした。混乱してひたすら落ち込む四郎に話しかけた。

「わかりづらくて、落ち着かなくていいさ。
親友同士なんだから、話せばいいじゃないか。嫌ったり離れたりはしない。
居心地が悪かったり、違和感があったりしたら、ちゃんと伝える。ぶつかったって、行き違ったって、踏み込みすぎたっていいさ。
ああだこうだしながら、うまい着地点は見つけられるよ。お前の忍耐づよさは、僕、よく知ってる。それに僕が、生涯ひとりの親友と決めたら、必ずそうすること、お前はよく知ってるだろ。
なあ四郎、ひとりで始末をつけようとするよりは、僕を頼ったり、巻き込んだりしてくれ」



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もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!