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私ってめんどくさい、な16歳。--成長小説・秋の月、風の夜(5)

#2 想い

奈々瀬は通話を切って、「はあ」と小さなため息をついた。ほそいうなじがうつむいて、ふわふわの髪がゆれた。
父・安春ゆずりの技能、身体情報読みを磨いた先に、こういう不都合が広がるとは、思っていなかった……

スマホの向こうの、ふたりそれぞれの脈拍や呼吸の、変化がわかってしまう。わずかな身がまえ、発汗、息をつめるようすまで。
ため息をついた奈々瀬は、こてん、と自分のベッドに倒れこんだ。ああ、私ってめんどくさい。

水玉模様のベッドカバーを、きゅうーっと握りしめて、シワにしてしまい、さすってのばした。

四郎の「ご先祖さま」たちにとっての奈々瀬は、十八歳未満の「まだエサではないコドモ」だ。コドモにはてんで見向きもしない、狂気じみたずるずるぐちゃぐちゃの、こんがらかった魚網のかたまりみたいな不浄霊のご先祖さまたち。彼ら……というより「それ」……が、好みの女をからかうように、ちょっかいを出すようなめくれ上がり方でびちゃびちゃわいてくる。

それをやめさせようとして、四郎はどんどんそちらに気をとられていく。

そのうえ四郎の「奥の人」が、

――おまえは、一緒にいたいのか

という心情を、奈々瀬に向けてくる。
「奥の人」が向けてくる問いかけは、対話不能な狂気まみれのご先祖さまたちとは違って、なんとなく好もしいとも思える。だが、なにせエネルギー量がとんでもなく大きく、複数の人格群が膠着して、渦になってしまったカオス感。

「奥の人」がこちらを向くと、巨大な魔物に睨まれた小動物のようになる。息ができなくなって、震える。

そんな厄介なご先祖さまたちと「奥の人」とを、赤ん坊のころから体に詰め込まれている四郎だ。彼がなんとか不浄霊たちの気配をころそうと、おさえこむやり方を使っている。奈々瀬には、四郎の無理なおさえこみのつらさがわかる。
先日みつけた改良版の気配の消し方は、まるで放し飼いのようにホワイトノイズのようなものをまるごとかぶせておく、おおいにラクで進歩したやり方だったのだが……
奈々瀬に危害が及ばぬよう、ふたたび押さえつけるやり方に戻している。

(気にしないでって、押さえつけないで放っておいて大丈夫って言えばよかった)

奈々瀬はベッドに寝そべったまま、スマホを枕もとに置いた。(でも大丈夫って言う前に、こっちが息をつめちゃった)

男の人の反応には、小学生中学年ごろから気づいていた。小学校三年ごろにはすでに、まれにいる小さな女の子に興奮する人を察して離れるなどのことができた。
ちょうどクラスの男子が、バカみたいなふるまいをたくさんしはじめたころ。スカートめくりがマイブームになった男子の動きがわかるので、知らん顔で近づきにくいところへ移動したり……

他の女の子がやられるのを、けんかしてまで止めるのはやめなさい、と父親には釘をさされた。

どうしてだろう、クラスの男子や行き帰りの電車で見る大学生や会社員と、同じような反応が混じっても、四郎にだけは、高橋にだけは、もっと一緒にいて、その先が知りたいと思ってしまう。
ベッドカバーに頬をつけたまま、窓の外をながめた。濃い緑が、風にゆれていた。


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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!