「あきれて物も言えない」忌野清志郎の言葉。
(忌野清志郎の言葉13)
誰も言えないこと、言わないこと。
タブーにまで踏み込んで、社会に物申した忌野清志郎。
その歌詞や言動に、多くの人が励まされ、救われてきた。
「清志郎が今、生きていてくれたらな」。そう残念がるファンは多い。
清志郎の歌には、社会への怒りを表すものが多いが、
個人へ向けたものもある。
「あきれて物も言えない」、
RCサクセションのアルバム「PLEASE」収録曲だ。
怒りとは、RCサクセションの低迷期、
「清志郎は、もう死んでいる」、
と発言した泉谷しげる氏へ向けたものだ。
さらに、歌詞には、事務所やレコード会社への
不信感も盛り込んでいるといわれている。
清志郎は、いろんなモヤモヤを
一つの歌へと、見事に昇華させている。
いきなり出てくる「ヤマ師」という歌詞。
清志郎にしては珍しく、難しい言葉をセレクトしている。
(山師=鉱脈の発見を仕事にする人。転じて一攫千金を狙う人。
広義では詐欺師、イカサマ師)
これを音楽業界の話だととらえれば、
「ヤマ師」は、音楽で一攫千金、一発屋みたいなイメージか?
あるいはペテンのような音楽で食べてる奴?
この歌のストーリーは、
ヤマ師からもう死んでるって言われて
それを信じた、お偉方に金(香典)で
売られた。こんなヤマ師が大手をふる
世の中なら、汗だくになって働くより、
死んでるような暮らしの方がマシだ。
おおよそ、そんな感じだと思う。
香典という言葉を選んだところが、さすがだなと感じた。
音楽業界ではなく、もっと広い話だと考えると、
汗だくになって懸命に働いているのに、
気付かれない、認めてもらえない。
そういう人たちの怒りの表現と捉えることもできる。
清志郎との「喧嘩」について、
泉谷は、著書で、このように述べている。
その頃のRCはというと、ほとんど活動していないようだった。
ホリプロとゴタゴタしていたとも聞いていたし、耳に入ってくるのは
よくない話ばかり。正直、もうダメなのかと思っていた。そのときに
言ったのかどうかは忘れたが、「今の清志郎は死んでいる」という
ようなことを、オレが言ったんだ。オレの憧れていたあの忌野はどこに
言ったんだ!?という思いだった。
(中略)
RCの「あきれて物も言えない」は、オレの言ったことに清志郎が腹を
立てて作った曲らしい。今思うと、届いてよかったってことだな。
オレは生意気にもそんなことを言っちゃったけれど、それが起爆剤の
ひとつになったんだから、よかった。今思えばね。
泉谷しげる・加奈崎芳太郎著「ぼくの好きなキヨシロー」より引用)
元々、仲が良かった、清志郎と泉谷しげる。その後、和解して
2002年には、「忌野・泉谷・スパイスマーケット」を結成。
私も、ライブを体験したが、いいバンドだった。
ところが、この二人。
待望のレコーディングとなった時に、またもや「喧嘩」。
アルバムが生まれることはなかった。
発売を心待ちにしていたのに、とても残念だ。
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