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これ、金木犀だったのか

 金木犀の香りが嗅ぎたくなって、仕事の帰りにデパート一階に立ち寄った。確かあの化粧品店で、季節限定のハンドクリームが出ている頃だろう。私は汗かきで真冬以外にはハンドクリームを必要としないので、実家の母にプレゼントをする、という名目でサンプルを嗅がせてもらおう。あの馨しく甘い香りを嗅げるし、親孝行までできる。
 一挙両得である。
 しかし、店頭にはキンモクセイの文字はなかった。
 はて。
「あの、探してて、金木犀の」
 店員に声をかける時は、なぜだかいつもしどろもどろになってしまう。
「ええ、オスマンサスのハンドクリームですね」
 女性店員はこともなげに、しかし笑顔を崩さず言った。
 オスマンサス。耳慣れない言葉だ。
 店の名前と同じフランス語かと思ったが、後から調べると英語らしい。語源はギリシャ語だという。
 金木犀とどちらがおしゃれな語感だろうか。


 次の休日、電車を乗り継いで実家に帰った。
 駅近くの郵便局の前を通ると、何やら記憶に新しいものと同じ匂い、いや、もっと強烈に香り立つものがあった。見上げると、何か知らない常緑樹だと思い込んでいた、三、四メートルはあろうかという大きな木が、橙の花をつけている。
 これ、金木犀だったのか。
 初めから知っていれば、ここに直行して香りを楽しめたのではないだろうか。
 いや、まあいいか、手土産もあるし。
 私は母にどこから話そうか、などと考ながら、ハンドクリームの入った小さな小さな紙袋を振って歩いた。


(600字)


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