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Mirrors and Windows / The Shape Of Images To Come 来たるべきイメージを提示する態度が形になるとき

写真は『自己を表現する鏡』であり『外界の探求を目指す窓』でもある。そのような視点で過去20年間の写真表現の動向を窓派と鏡派として扱った展覧会があった。「Mirrors And Windows: American Photography Since 1960」。この展覧会は、1978年にMoMAで、当時の写真部門ディレクターであるジョン・シャーカフスキーが企画した。

ということを今年の夏に知った。参加している後藤繁雄SUPERSCHOOL online A&E(以下A&Eと略す)で後藤さんから伺った。面白い表現だなと思うと同時に、奥野ビル306号室も鏡と窓が印象的なことに気づき、306号室で「Mirrors And Windows」という展覧会を開催することにした。

展覧会は、ある意味、私の演習、場の演習でもあった。前の記事で書いた通り、3月に306号室「分裂と融合」を開催して以来、黒いドロドロしたものに取り憑かれており、後藤さんからはA&Eの個人面談の際にはいつも、小さなことを積み重ねて続けるしかないという言葉をもらっていた。だから、宿題に追われるように取り組んで行った。展覧会は2021年10月28日に始まり31日に終えたものの、終わった今思うのは、私の中に新たな今後の宿題が生まれ、そのことがよかった。

この記事では、演習として取り組んだことや展覧会について述べた上で、新たに生まれた今後の宿題について少し触れたい。

306号室について

銀座一丁目三原通りに奥野ビルという昭和7年に建てられた建物がある。関東大震災の復興住宅として建設され(旧名・銀座アパート)、開戦、終戦、戦後を経てきた。築89年を経た現在は数多くのギャラリーやアンティークショップが入居。306号室はかつては美容室であり、今では有志の人たちで306号室の維持・保存活動を続けている。そのような銀座奥野ビル306号室プロジェクトのことを知ってすぐに、私もプロジェクトの会員になった。

会員はギャラリーやアート関係とは限らず、様々なバックグラウンドを持つ方々がいる。部屋の維持・保存のためだけに参加しているケースもあれば、各自、思い思いの活動の場として利用しているケースもある。

会員になった理由は、銀座七丁目三原通りに面した辺りにかつて祖父が住んでいて、そういう調査・発表をする場所としてふさわしいのではないかと思ったからだった。が、自分だけの企画なので後回しになってしまっている。会員の中には、奥野ビルの歴史を調べて映像として残し、306号室で上映する活動を続けている方もいて、それをお手本にすればという思いもないわけではない。が、今では306号室は私にとって部室みたいなもので、部室で展覧会を開いている状態だ(笑)。

今回記事を書くにあたってnoteに書いた過去記事を振り返ってみたが、306号室がいきなり出てきていて(ということを友人から指摘されるまで気づかなかった)、これはまずいと思い、ここに書いておくことにした。

場の演習としてやったこと

と書いたものの、実際はグズグズしていた。会場と会期は決まっていたので、詳細が決まっていないとしても、さっさと勝手にやればよかった。というのも、A&E参加者に出展してもらおうと企画当初の段階で考えていたからだ。今度306で展示やるんだけど参加しない?とA&E参加者それぞれに聞けばいいだけなのに、なんか遠慮していた。それについてここでは深掘りしないが、今後は私は遠慮しない。展覧会参加者が確定したのが10月9日で、搬入まで18日しかなかった、そういう状況にしてしまった。だから、もう遠慮しない。

場の演習としてやったことは以下。
(1)展覧会のコンセプトを決めた
(2)Facebookのイベントを利用して、参加者だけでイベントを共有
(3)自分のギャラリーのつもりで来場者に接した

展覧会のコンセプトについて

1978年の展覧会はおよそ20年間の米国における写真の動向を扱うもので、サブタイトルは「American Photography Since 1960」だった。今回は、アーティストとして活動し始めているA&E参加者たちが出展する。であれば、過去ではなく未来であるはずだ。

ふと、『未来から持ってきたものを「今ここ」で提示するだけだ』という言葉が浮かんだ。これが展示のコンセプトではないかと気づいた。そして次に、『The Shape of Jazz To Come』、オーネット・コールマンのジャズの名盤のタイトルが浮かんだ。展覧会のサブタイトルはここから借用した。来たるべきイメージを提示する私の態度はそういうことで、展示でそれが形になればいい。

ところで、『未来から持ってきたものを「今ここ」で提示する』は、後藤さんの新刊「アート戦略2 アートの秘密を説き明かす」に登場する言葉だ。この本は、後藤さんがこの20年の間に行ったアーティストへのインタビューをまとめたもので、46人のアーティストとの対話が収められている。各章の冒頭には書き下ろしの文章があり、第一章の冒頭に出てくるのが、未来から持ってきたものを云々という言葉だ。上に引用した言葉には主語がないが、実はこの主語は『ヴィジョナリーとしてのアーティストたち』だ。A&E参加者たちは、先に書いたようにアーティストとして活動し始めた人たちである。が、誰も気づいていないだけで、彼らはヴィジョナリー(予見者)なのかもしれない。

Facebookイベントについて

書くまでもないが、連絡が楽だった。個人的には、Facebookイベントを公開目的で使うことが多かったのだが、参加者共有用に使った方が良さそうな気がした。

というのも、多少生々しいことも書けるからだ。例えば、○○さんの作品は窓だと思っています的なやりとりをイベントのコメント欄で行ったが、両者間のメッセージではなく、参加者が見られるコメントであれば、主催者の考えを他の参加者も目にすることができるわけで、そういう意味でよかったと思う。

展示中に誰それが来たということもクローズドなので気軽に投稿でき、参加者間で共有できたこともよかった。

また、広報物のデザインなど決めるときも、投稿で画像をいくつか見せた際に、あるものにいいねが2個ついていて、じゃあこれにしようと決められた。それが上の画像。ちなみに、フォントなどは、昔の「Mirrors And Windows」の展示室に掲げられたタイトルのデザインに倣った。

自分のギャラリーのつもり について

306号室は30人程度の会員が共同で借りていて、私の部屋ではないが、展示の時だけは自分のギャラリーのつもりでいようと思っている。実際のギャラリーを訪れると、放置されるところ、色々説明してくれるところなどあるが、私は説明してくれる方がありがたいと思っている。というのも、知っているアーティストばかりではなく、初めて接するアーティストであることも多いからだ。だから、話しかけられるタイミングがあれば、可能な限り話をすることにした。

また、これは306号室の特性だが、古いまま維持されている部屋を見にくる人もいれば、奥野ビルのいくつかのギャラリーのついでに回る人もいる。奥野ビルや306号室に初めて足を踏み入れた人には、ビルについても話した方がいい、など考えるのも楽しい。

来場者数を見てみる。3月の「分裂と融合」の時の数字から来場者予測を立てたが、実際は下回った。細かいことは省くが、ざっくり言って広報(と、それにかける時間)が足りなかった。足りないというよりも、足りるように計画した方がいいということだ。

Mirrors And Windows / The Shape Of Images To Come 展覧会について

展示参加者は7名。A&E主宰者の後藤繁雄さんも展示に参加した。アーティスト活動として参加した人もいれば、展示テーマの鏡と窓について本業を活かすような作品にした人もいた。

企画側が意図していなかったものの、参加を呼びかけた中で体験型の作品が二つ出展されたのだが、これが結果的によかった。来場者との会話の手がかりにもなった。それらは、鏡をテーマにした持ち帰れる香り、ガラスをテーマにした食べられるアート。一緒に描いてもらうような体験型は企画したことがあるが、味覚、嗅覚にせまるものは私としても経験がなかった。が、狭い306号室で行う前提で考えた場合には、可能性を感じるものがあった。

参加者を紹介しておく(かっこ内はInstagramアカウントのリンク)。
楠尚子  (https://www.instagram.com/naoko_perfumer/
松井祐生 (https://www.instagram.com/rive.tte.et.my/
児嶋啓多 (https://www.instagram.com/ab_keitakojima/
飯田信雄 (https://www.instagram.com/nobuoiida/
橋村豊  (https://www.instagram.com/yutakahashimura/
石田嘉宏 (https://www.instagram.com/mochi_shizuku943/
後藤繁雄 (https://www.instagram.com/shigeogoto/

展示参加者が撮影したInstagramをいくつか紹介しておく。ちなみに、一つ目の飯田さんさんの2枚目の動画で会場の全貌が分かります!


The Shape Of Attitude To Come

来たるべき宿題が見えてきた。

鏡と窓に関しては、306号室で何かをやるのであれば今後も意識してしまうだろう。そのような状況で、別なことだけをやり続けるのは不自然だ。少なくとももう一度同じテーマで展示を行い、考えを深めた方がいい。

そして、『ヴィジョナリーとしてのアーティストたちは、未来から持ってきたものを「今ここ」で提示するだけだ』としたら、私は未来の私から見て必要なことをすればいい、そう思った。好き嫌い、やりたいやりたくないではなく。上に書いた鏡と窓も、だからやった方がいいということ。

考え方も今から3年後、5年後に何をするか、ではなく、10年後にこうなるために必要なことを逆算する。小さなことを積み重ねて続けるしかない、それが現実であるから、目標は少し遠くから設定した方がいい。

これが私の態度だ。あとは形になるだけだ。

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