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旬はいつ頃

 寒い寒いと首をすくめて北風に逆らって歩くのに比べたら、春が近づいて暖かくなることは悪い事ではない。
 しかし、冬なら炬燵で縮こまっていても文句を言われなかったのに、春になって掃除の邪魔だと追われるとしたら、諸手を挙げて春を迎え入れる訳にはゆかぬ。
 これがまたうだるように暑い夏になれば、暑いねこう蒸し暑くては何もやる気が起きないねという言い訳が成り立つ。だからせめて自宅くらいは冷暖房完備の快適空間にしないほうが良い。

 昔は特別なことがない限り冷房をつけるなんてことは許されなかった。少なくとも私の家では。
 父が冷え性の冷房嫌いだったからというのもあって、夏風邪をひいて高熱にうなされた時だけ冷房を使うことが許されたのだ。
 熱が出たときの対処法は各国様々だと思うが、父の場合は断然冷す派で、どこぞの国では熱を出すと氷を入れた風呂に入れるらしいなんてことを平気で言うものだから、私は熱を出す度に氷風呂に突き落とされるのではないかと怯えていた。幸い氷風呂は一度も実現しなかったから良かった。

 そうかと思うと、蒸し暑い真夏でも熱が出たら布団をかぶって汗をかくと良いなどと言い出して、こちらは方法が簡単だったからかしばしば実現した。布団の中で汗だくに茹だった私を見て、これですぐ良くなるぞと言う父に抗うという考えは浮かばなかったから、下着を変えて再び布団に潜り込んだ時には氷風呂を熱望するくらいだった。
 もっとも、翌朝目覚めた時には幾分体調が改善したりして、父は汗掻き作戦に確証を得てしまい氷風呂の実現は遠のいたというわけだ。

 高断熱高気密で冷暖房完備が当たり前、トイレは抗菌で風呂はカビ知らずの現代の安心快適な新築住宅ではきっと風邪など引かないのだろうから、こんな昔話は無用だろう。 
 え? 普通に風邪は引くって?
 じゃあ高断熱高気密の冷暖房完備住宅は何に役立つのだろうか。快適を追求して季節を忘れたいならそれも良いが、人の感性は退化しそうだな。
 そういえば旬の食材が何かなんて、とっくに分からなくなってしまった。

おわり

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