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映画『すばらしき世界』

 十代の頃から入ったり出たりを繰り返し、人生の大半を塀の中で暮らしてきた元ヤクザ者の三上が、娑婆で真っ当に生きようと足掻く姿を描く。
 幼い頃に母親と別れ施設で育った彼は、老いた今でも捨てられたと認めたく無い一心で、現れない母の行方を気にかけている。

 真っ直ぐ過ぎるがゆえに許せず、直ぐにカッとなって暴力に出るのは、組で教わった人としての道なのだろうか。それとも幼い頃に抱いた母親への想いからだろうか。損得勘定よりも正義感に駆られて動いた結果が人を殺めることになった過去を知らされれば、人は彼のことを凝りていない奴と切り捨てる。しかし彼の中では正義はどこまで行っても正義なのだ。自分の利益のためではなく他人の為に身を捨てる覚悟で繰り返される犯罪もしかし、娑婆では正義とは呼ばれない。

 どんなに理不尽な仕打ちを受けている人を見ても笑ってやり過ごす。そんな処世術を強いられた彼が出会うことになるすばらしき世界は、手にした花の香りの中に見つけられたのだろうか。

 
 感極まって声を上げて嗚咽おえつしてしまったのは、彼が目の当たりにする、どうしようもなく立ちはだかる、現実と自らの想いのズレを我が身と重ねてしまった瞬間だった。立ち上がろうとして奮闘する彼を前に、自分の非力さや弱さに打ちのめされてしまった。そんな事言われてもやっぱりそれは無理だよと言う彼の声が聞こえたような気がした。

 見た目は役所広司でも、そこにいるのは三上だった。その存在感は三上のそれだった。三上がスクリーンに登場するとそこにあるのは彼の世界だった。しかし彼がいなくなると、シーンは芝居に見えた。芝居と現実の接点に立つ彼は、間違いなく私を突き動かした。

おわり


 


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