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映画『アメリカン・スナイパー』

 フィクションとノンフィクションの間にあるこの物語の主人公、クリス・カイルは実在の人物だ。そしてストーリの大筋は事実に基づいている。
 父親の影響で子供の頃から銃による狩猟を嗜み、成人してからはカウボーイを目指したものの断念することになったクリスは、信仰心と愛国心からアメリカ海軍の特殊部隊に入ることを決意する。そして、イラク戦争で腕利きのスナイパー狙撃手として活躍することになった・・・。

 10年前に制作された映画と知らずに見た。なぜ見逃していたのか思い出せないが、クリント・イーストウッドが監督と聞いて、そう言えばこんな映画があったと思い出した。
 クリント・イーストウッドは、日本で言えばバリバリ昭和の男。価値観も今風ではないだろう。しかも、アメリカならではの価値観もあるから、日本人にとってはただの戦争アクションものと捉えられても不思議ではない。しかし、我が子を戦地に送り出した親が現在でも沢山いるアメリカでは、未だに意味深い映画なのではないだろうか。
 

 自国を守るという観念は、戦後の日本で生まれ育った私たちにとっては遠い存在だろう。武力によって守らない限り明日の生活は保障されないと信じている日本人は少ないはずだ。そんな私たちのような羊の群れを狙う狼たちを追い払うために、男は成人したら番犬シープドッグになって羊を守らなければならない。こんなことを言ったら、ある種のハラスメント発言と指摘される可能性すらある。

 銃からもミサイルからも遠く距離を置いて生活出来ることは間違いなく幸せなことだ。戦闘という言葉を実感を持って感じる機会は今の私たちには無い。何の脅威も感じずに、武力を携える必要性すら感じずに平和を甘受出来ているのは、平安を脅かす悪の存在を前提とする価値観とは違った世界観を私たちが持っているからかも知れない。ベッド脇の引き出しに銃を忍ばせていなくても安眠できるのは、この上なく貴重なことなのかも知れない。

 ウクライナやイスラエル周辺以外にも世界には安住出来ない地が沢山あって、そんな世界との価値観のズレの只中にいる私たちが、ほんの僅かでもその世界に触れ、感じることが出来るとしたら、本作の様な映画の価値があるのではないか。アメリカではヒーローとして称えられるスナイパーも、きっと彼の地では悪魔と罵られているはずだ。そして帰国した勇者達も実は心に巣食う悪魔の存在に苛まれることになる。

 平和ボケした頭ではそうした苦悩を想像すら出来ないのだが、こうしたことこそ、平和を考える切っ掛けとして見過ごしてはならない気がした。

おわり


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