【掌編小説】i SCREAM !

わたしがお世話になっている商店街の歯医者さんでは、素敵なおねえさんが働いています。
おねえさんの名前は、カナンさんと言います。
町にはいくつか歯医者さんがあり、商店街の歯医者さんは、わたしの家から一番近い歯医者さんではありません。ですが、わたしはカナンさんに会うために、ぜぇぜぇ息を吸って吐いて、わざわざ少し離れたそこへせっせと向かうのです。

家から一番近いところにある歯医者さんは、お昼でもなんだかうす暗くて、治してくれる小太りのおじさんがちょっとだけ怖いのです。というのもありますが、わたしが商店街の歯医者さんのほうへ行く理由は、カナンさんが好きだからというだけではありません。

商店街の歯医者さんの隣にはお歌の教室があって、わたしはそこにも通っているのです。
わたしの家では、子どもは大声を出してはいけない、というルールがあります。おとうさんやおかあさん、おじいちゃんやおばあちゃんが言うには、大声を出す子どものところには、恐いオバケが寄ってくるのだそうです。ですから、毎週、火曜日と金曜日に、おとなたちが歌っている曲をわたしも完ぺきに歌えるように、オバケが出ても大丈夫なお歌の教室で、先生と一緒に練習をしているのです。
コンテストとかには興味がないので、がんばって歌えるようになった演奏を誰かに見てもらいたいとは思いません。ですが、カナンさんにだけは、いつか聴いてもらいたいなぁ、なんて。まだまだ下手くそだから、口に出してお願いするのは、ずっと遠い先の話になりそうですが。

テイキケンシンで歯を診てもらいました。それから一週間ぐらい経った頃でしょうか、奥の虫歯を治してもらうために、わたしは商店街の歯医者さんへ行きました。
「あー、アイちゃん、さては、またしろくま食べたでしょう?」
あんぐりと開けたあたしの口の中を覗き込んで、すぐにカナンさんが言いました。この前に歯を診てもらった時、次来るまでしろくまを食べることを禁じられていたのです。これは、カナンさんとの約束でした。
わたしはぎくりとしました。そして、知らない顔をして、
「た、たべてないよ」
と口を開けたまま否定してみました。するとカナンさんは、
「ふぅん……そっかそっかぁ」
と言いながら、わたしと目を合わせてきました。
「……い、一本だけだよ」
鼻のあたりが、ざわざわとしました。カナンさんに見つめられると、どうしてだか、いつもそうです。きっと、カナンさんのかけている青いフレームのメガネに秘密があるんだ、とわたしは思っているのですが、本当のところはどうだか分かりません。
「ううん、二本食べてるでしょう?」
「えぇっ!?」
わたしは思わず叫んでしまいました。
「ふふぅん、お見通しだよ、アイちゃん。歯をじっくり診れば、なんでも分かっちゃうんだなぁ」
カナンさんは、メガネをすっと外して言いました。

外れたメガネは、わたしたちがいつも息を吸うところへと、ぷかぷか浮かんでいきます。

どうしてでしょう。歯はちゃんとしっかり磨いてきたはず。
それなのに、わたしが今週、白熊の脚を二本食べたことがバレていたのでした。

わたしも、歯を見ただけでなんでもお見通しの、カナンさんのようなシャチになりたいです。


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