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映画レビュー:500ページの夢の束(2017)〜物語を夢想する、その先にあるものは…

ストーリー

 自閉症のウェンディは、スコッティの運営する自立支援ホームで暮らす21歳。曜日によって着るセーターの色を決め、朝起きてから順にすることをスケジュール通りにこなし、パン屋で決められた菓子パンを作る仕事に携わることで、自立した生活ができている。そんな彼女の楽しみは、人気SFドラマ「スター・トレック」を見ること。見るだけでなく、オリジナルの脚本づくりにも熱中している。
 ある日、テレビで「スター・トレック脚本コンテスト」が開かれることを知り、自作の脚本を応募しようと考える。500ページのその脚本を書き終えたウェンディのもとに、唯一の肉親である姉のオードリーがやってきて、ウェンディを家に戻すことはできないと告げ、ウェンディは癇癪を起こしてしまう。そのために、コンテストに脚本を郵送することができず、このままでは期限に間に合わないと悟った彼女は、誰にも告げずに、ロザンゼルスの「パラマウント・ピクチャーズ」へ直接脚本を持って行こうと、早朝、犬のピートを連れてホームを出てゆく・・・。

レビュー

 ストーリー紹介を見て、惹かれるものがあった。同じように感じる人は、少なくないだろうと思う。二次創作と称して、自分の大好きなアニメやマンガのストーリーを書いている人はたくさんいる。もし、それが日の目を見る機会があったら…。
 だが、邦題からくる印象に反して、本作は自閉症の女の子が、その障害を抱えつつ、自らの才能を開花させて羽ばたいていく、というお話ではなかった。

 自閉症であるがゆえに、人と目を合わせることができず、会話で心を通わせることのできないウェンディ。そんな彼女を、シングルマザーだった母親を亡くしてから一人で世話してきた姉のオードリー。姉に生まれた赤ちゃん、ルビーに会いたいウェンディだったが、オードリーは彼女の「特性」を恐れて、それを拒絶する。
 脚本を持ってロスへ行く。ホームと職場との往復しか道を知らないウェンディにとって、それはいまだかつて経験したことのない、大冒険である。彼女は書き上げた脚本を読んでほしいと、ソーシャルワーカーのスコッティに頼む。応募規定通り、紙に書式にしたがって印刷された脚本を用意し、そして旅立つ。
 そのときは、まだ「自分の脚本が目に止まって、映画化されるという夢に向かっていっているんだなあ」とぼんやり思いながら、自閉症でコミュニケーションができないことからくる困難さのため、道中で出会う様々なトラブルを、どんなふうに乗り越えていくのだろうと見ていたのだが、スコッティが息子のサムととともにウェンディを捜索する中でする会話で、「はっ」とさせられる。

 スコッティ:そもそも「スター・ウォーズ」の“カーク”って何者?
 サム:車をぶつけて一緒に死のう・・・、
    まず「スター・トレック」ね。
    ジェームズ・T・カークはエンタープライズ号の船長。
 スコッティ:何にそこまで惹かれるの?
 サム:登場人物かな?
    スポックは人間と異星人のハーフで、“感情”に手を焼いている。

 その一言に表情を変えるスコッティ、そのときはじめて、ウェンディが書いた脚本の中に、彼女が面と向かっては伝えることのできない「気持ち」が描かれているのではないか、と。
 ある意味では、ただスタートレックが好きだから、マニアだから、書いているのではないんだということを周囲に気づかせるために、彼女は「脚本コンテスト」に応募するというアクションを必要としていたのかもしれない。

 「何にそこまで惹かれるの?」
 この問いが、私にはけっこう胸に刺さった。なんだろう。それは主人公のように自閉症だから、とかそういうことに関わらず、一つの作品に没頭し自らも何かを作ろうとする、オタクと呼ばれる一人ひとりに問いかけられているような気がした。惹かれていることを創作の動機として、何を伝えようとしているのか、と。

 映画のラスト、一つのことをやり遂げたウェンディが、曜日ごとのセーターの色になかった新しい柄のセーターを着ていることが、印象的。主演で自閉症の21歳を演じたダコタ・ファニング、その世話をするスコッティを演じるトニ・コレットがすばらしい。姉オードリーを演じたアリス・イヴは「スター・トレック イントゥ・ダークネス」に出演している。姉もまた、ウェンディと対をなす本作の主人公だと感じた。
 原題の「Please Stand By(そのまま待機)」は、癇癪を起こしたときに自らを落ち着かせるためにウェンディが唱える言葉であり、「スター・トレック」で転送の際の決まり文句でもある。

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