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エッセイ|詩誌『冊』第68号の詩評に挑戦します。


詩誌『冊』第68号の表紙


実力派執筆陣です。この中から気になった詩二編について感想を述べさせて頂きます。

武田いずみさん「嵐の朝に」
 朝顔の種と、息子さんのお友達を重ね合わせます。
 <種子はどれくらいの期間をおくと/芽を出す力を失うのか/理科で習わなかった真実を庭に撒く>。この<真実を庭に撒く>という表現。思わず唸ってしまいました。朝顔は、やがて芽を出します。<何日目かに ふた葉/おはよう 待ってたよ>。
 子どもの現在進行形を一字下げて描写し、重ねます。<あいつ 学校に来た ひさびさ/保健室だったけどね/昨夜の息子は嬉しそうだった>。子どもの友達も一段階、殻を破ったようです。
 <けれど天気予報は台風の接近を告げていた>。
 朝顔に向かい話しかけます。<おまえ/長い暗闇の殻に/希望やら願いやら何やら抱いたまま眠っていた/嵐の朝へ向かって咲くために/起こしてしまったね>。まるで童話の魔女のようです。これは息子の友達の隠喩ともなっています。友達も子どもですから、行く末は想像がつかないでしょう。武田さんは経験を経た大人なので、ほのかに子どもの未来というものに危うい予兆を感じています。
 <どこで生まれる命も/明日 開く花も/それぞれの嵐を生きる/花弁は雨につぶされ/まるく笑うことができなくて/殻に戻りたくなる>。
 子どもたちにとって作者の武田さんは前を歩く人です。<少し前を行く人が/風の強さに/傘を畳む/濡れながら進む>。やはり人は濡れることを避けられないのか。<そのほうが楽だな/僕も傘を畳む/濡れる 歩く 歩く>。濡れても、恐れても、歩けることは歩けるのだ、と、子どもたちへの教訓でしょうか。とにかく進み続ける覚悟。朝顔と子どもと友達に贈るエールとともに、自らの人生の鼓舞にも見えます。子どもの成長は待ってくれません。正しかろうと悪かろうと、わたしはそれに付き合わなければならぬのだああ~~、という強い意志も垣間見えます。
 最後の二連、ともに大人の弱さも内包しており、共感を覚えずにはいられません。非常に完成度の高い詩だと思いました。


渋谷卓男さん「町はずれ」
 抒情と喩が際立っていたと思います。3つの場面が設定されてます。書かれている順序は、1「今」と2「向き合おうともしなかった時」と3「おそらく側に女性がいて、夕焼けにきれいね、と言っていた時」です。しかし、本当の時系列は、3→2→1でしょうか。
 心情の変遷を、夕焼けや町の風物に託して表します。その中では、時折見せる筆者の本音が鋭く刺さるように出てきます。どの連にも喪失感が見事に表されている逸品だと思います。私のような初心者を抜けきらない詩書きには非常にいいお手本ですね。何度も何度も読みました。
 第一連<そこで町が終わっていた/列車が行ってしまったあとの/ホームのはずれで>。たった3行で、読者は畳みかけられるように喪失ワールドへ引きずり込まれます。それを表す言葉の数々<終わっていた><行ってしまった><あと><ホームのはずれ>。さ、さびしい……。作り手としては、う、うまい……。第二連にかすかに覗く光の表現<夕日><まぶしさを失った光><影>が一層それに拍車をかけます。ここに、言葉選びを間違えない熟達者の技を見ます。そして第三連の風物の羅列で情景を完成させます。ここは本当に勉強になります。
 第四連からは<向き合おうともしなかった>時。まだ物語の核心は言いません。モチーフである喪失感が人に移ります。主人公が出てきます。<あの日/私は見たのではなかったか/役目を失くしたものたちの過ごす/行き止まりの景色を/目の前にあったはずなのに/向き合おうともしなかった/ほの暗く/少し/なつかしい場所>。まだ何のことか分かりませんが、喪失感に出会ってしまった瞬間が描かれています。読み手は次の展開をおぼろに空想しながら、ここは頭に残しておくだけでいいと思います。
 第五連<空を見る/いつのまにか夕焼けている/一日の最期の/赤い光/それを美しいと思うのは/ほらきれいね、の声に/今も手を引かれているからだ>。ここで読者側の妄想や想像の正体が明かされます。種が明かされます。時系列3、がここに現れ、物語を完成させます。
 最終連は余韻のために。ふたたび読者を今に引き戻します。<警笛が止む/遮断機が上がる/踏切の半ばで立ち止まり/列車が行ってしまったあとの/誰もいないホームをふりかえる>。
 詩「町はずれ」の構成は、映画のシナリオにも似て、とても勉強になります。詩の見せ方、導入からオチまでの持って行き方を、「こうやるんだよ」というように見せて頂いたように思います。時系列を使うテクニックは、詩作ではよくあることですが、ここまで簡潔で見事な作品は久しぶりに見ました。

 この他にも詩誌『冊』には、奇を衒わない実力者が揃っていて大変勉強になります。今回はご恵贈頂きました。大変有難うございました。
 私の拙い詩評をここまでお読み頂いて大変有難うございました。

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