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召使の帰還

魔女マリカの召使いはアンドロイドである。見目麗しく、完璧なサービスで仕えてくれる。だが、完璧を期すために魔法を施したのが良かったのか悪かったのか、度を超して人間くさくなることがある。

「退屈でございます」
「え?」
着替えの最中、召使いがぽつりともらした言葉に、マリカの目は点になった。
「いま、何て言ったの」
「マリカ様。わたくしは退屈でございます。もうこんな暮らしには飽き飽きいたしました。お暇をいただき、世界を放浪してまわ……」
マリカはかがんでアンドロイドのもも裏にあるスイッチを押した。

強制終了。

「退屈がるのは主人であるあたしのほうじゃないの!」とマリカは吠えた。下僕である魚顔(読み:さかながお)の魔物は、まぶたのない目でマリカを見上げた。
魚顔はアンドロイドを警戒していた。アンドロイドに頭部を切断され、かぶと煮にされた経験があるからだ。魚系の魔物なので痛覚に鈍く、幸い頭部も再生できたものの、
(あのイカれたロボットは次に何をしでかすか読めない)
雇い主よりも気が許せない相手だと考えていた。
頭部を食事に提供することは契約外だと抗議すると、マリカはしぶしぶ認めた(とても美味だったのだ)。今後は魚顔を調理しないと約束したが、相変わらずアンドロイドをペットのごとく可愛がっている。魔界では下級の魔物とはいえ、機械のペットより下位に置かれるなど屈辱だった。

「いっそ、望みを叶えてやるのはどうでしょうか」と魚顔は提案した。
「以前にも似たようなことを申していましたし、旅にこだわりがあるのやもしれません。機械といっても魔法も作用しておりますし」
負傷から復帰したばかりの魚顔は、生まれながらの無表情で主人の前に食前酒を置いた。

マリカは不満だったが、アンドロイドが旅に出たいとその後もしつこくねだるので、ペット可愛さに許してしまった。
「ただし、一年で帰ってくるのよ。メンテナンスも必要だし」
「かしこまりました。必ずマリカ様のもとへ戻ってまいります」
うやうやしく頭を下げ、屋敷をあとにするアンドロイドを、マリカはハンカチを振って見送った。

そして一年後。

旅から戻ったアンドロイドは、出立した時と変わらぬ様子だった。
「お懐かしゅうございます、マリカ様」
「おかえり。旅は満足だった?」
「は……い」
アンドロイドは感極まったかのような表情を見せ、動かなくなった。
「……?」
その顔をつついても反応がない。
「これは、どうやら錆びついておるようですな。おそらく海にでも出ていたのでしょう」
身体を調べた魚顔が診断した。「メンテナンスどころではないですな。完全に直るかどうか」
マリカは失望のあまり、百回は悪態をつきたいところだったが、当のアンドロイドが意識不明状態なので、しかたなく渦巻く怒りを飲みこんだ。
「いいからとにかく修理に出して!」
「まだこやつをお使いになるので?」
魚顔は驚いて主人を振りかえったが、マリカは自室のドアを音高く閉めたところだった。

アンドロイドは製造元の技術者のもとで再生されて帰ってきたが、以前のような俊敏な動きはできなくなっていた。魚顔は、シャツの下で胸びれをひくひくさせて喜んだ。これでもう襲われる心配はない。
全体として性能が劣るほどではなかったので、マリカは概ね満足していた。召使いとしての仕事は十分こなしている。ただひとつ、アンドロイドが旅先で身につけた新しい技術が、マリカの気に入らなかった。船乗りに教わったらしいが、魔女の召使いにしてはあまりにそぐわないのだ。
「よろしいではありませんか。機械向きの仕事です。冬になれば重宝するでしょう」
棒を巧みに操り、仕事に没頭するアンドロイドを見ながら、魚顔は内心ほくそ笑んだ。
「船乗りの間では伝統的な趣味だそうでございますよ」
「それにしたって、あれじゃ手足のついた編み機じゃないの」

アンドロイドは編針を置き、椅子から立ち上がった。花模様をあしらった毛糸のベッドカバーが完成したのであった。

(終)

※第1回noteSSFに出した『極上の召使』のその後になります。


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