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#5 最後のペンギン

それから僕は視聴覚室でやっていた軽音楽部のライブを見に行く。



4階にある自分の教室から2階にある視聴覚室に行く。

3階の踊り場。1フロア降りただけなのに、かき鳴らされたギターの音と芯を震わすようなベースの音に心躍らすドラムの音。一段一段と階段を下りるたびに、胸は高鳴り早足になった。

2階まで降りれば、視聴覚室はもうすぐそこにある。角を曲がった暗い廊下の先の、美術室と向かい合った視聴覚室。建付けの悪い美術室の扉がガタガタと震えている。土足禁止である視聴覚室には前の廊下の壁沿いにふたつ大きな靴箱にこれでもかと押し込まれた上靴たちに、置き場をなくした上靴たちが廊下の半分を占めていた。部屋の中の賑わいが相当なものだろうことは誰の目にも明らかなくらい。この日、この時間、この場所が文化祭のど真ん中だったと思う。少なくとも僕の中では間違いなかった。


重い扉を開けた先は異世界だった。魔境なのかユートピアなのかわからないくらい、楽しそうな雰囲気が漂っていた。人が大きく波打って、深く揺れていた。揺らされているのではなく、人々は自らが揺れていた。あくまでも、音に乗っていた。音に乗り込んだ人々がこぞって見つめる光の先。ステージにはヒーローたちが立っていた。スポットライトを味方につけて、背負ったギターを掻き鳴らして、この世界に対する叫びを歌ってるような、そんなヒーローたちがいた。その光が眩しくて、叫びが奥の方に突き刺さって、僕は後方で聴いていた。

聞き覚えのある曲を歌ったバンドが居た。yonigeの「アボカド」。廊下にあったタイムテーブルを思い返す。最後から二番目のバンドだった。その頃には、視聴覚室は満杯で、入り口の付近では軽音楽部の顧問兼教務主任の怖い先生が「もう一杯で入れねえよ!」と怒鳴っていた。誰もが文化祭のフィナーレを軽音楽部のライブで締めようと視聴覚室に集まっていた。そんな人たちの流れに身を攫われて、後方に居たはずの我が身はいつの間にか中腹の辺りまで流されていた。中腹から前方には軽音楽部であろう生徒と、彼らヒーローの友人および応援隊の精鋭たちがこぞって集まっていた(気がした)。聞いたことのない曲でも先輩後輩関係無く、そこにいるみんなで肩を組んで歌ったり飛んだりして、ヒーローたちを応援した。強引に肩を組んできた隣の先輩らしき人にバカでかい声で「おいお前、文化祭楽しいか?」って聞かれた。「もう最高!めちゃめちゃ楽しい」って聞こえるようにちゃんと大きな声で答えた。

いよいよ、最後のバンド。廊下の靴箱の横に置かれたタイムテーブルの最後に書かれたバンド名。入る前から、ずっと気になっていた。ビリビリ来るような、そんな名前。ステージは暗転。人影が動く。明転。最後のバンドを照らしたライトは青。「さいごのペンギン」という名前だ。

大トリのバンドなだけあって、盛り上がりは最高潮に。ボーカルの煽りにも熱がこもっていた。曲が始まる。曲は 04 Limited Sazabys の「swim」。みんなが泳いでいた。見たこともない景色で。青く照らされたヒーローたちを目指して、必死に泳いだ。初めて聞いた曲だったけど、泳ぎ方はみんなが知ってた。

何億通り奪い合って ひかり射した
何億光年 今日に向かって放浪を
何億通り奪い合って ひかり射した
悩んでる君の好きな方へ 泳いで

swim / 04 Limited Sazabys

こちらに手を伸ばすボーカル。僕は必死にその手を目指した。いつのまにか最前列まで泳いできていた。やっと手が届いたときには、もうこのバンドの虜だった。ただこの曲がずっと続いてほしいと思った。終わってほしくない。終わるないでくれって。
それでも曲は終わった。ボーカルは泣きながら笑っていた。


文化祭終了のチャイムが放送室から流れた文化祭は終わった。これから起こる事をまだここにいる誰も知らない。これが高校生活で満足にできた最後の文化祭だということも、後になって気づく。

バンド名の由来。MCのときに喋っていたんだけど、どうにも思い出せなくて。「最初のペンギンにはなれない臆病な私たちだけど、最後のさいごには飛べるもんね、私たち」って、こう言ってた気がする。


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