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【創作大賞】『ブラッディジョー』第1試合 v.s. フェニックス赤坂【漫画原作部門】

あらすじ的な

「レスラーは怪我をするべからず。一流は怪我をさせるべからず」
プロレスラーならだれもが知る標語だ。
だが、その言葉に続く都市伝説が業界でひっそりと囁かれている。
「試合中に相手の怪我を治す伝説の超一流レスラーがいる」
ブラッディ・ジョー(43)は、メジャー団体のトップレスラーに匹敵する体躯を持つ、神出鬼没のプロレスラー。そして法外な報酬と引き換えに、リングの上でレスラーの身体を蘇らせる神業整体師。今日も彼は、どこかのリングでレスラーを治しているだろう。

補足。

これは、プロレスラー故・冬木弘道さんの週プロでのインタビュー(羽賀賢二との対談だったかも)での
「プロレスラーの条件は、怪我をしないこと。一流のレスラーは怪我をさせないこと」
という言葉にインスパイアされて書いた物語です。ブラック・ジャックのオマージュにもなっています。一話読み切りで、連載を続けるスタイルを想定していました。

本厚木駅前。昼過ぎ。

プロレスのポスターが貼ってある
「フェニックス赤坂、ついに引退!なるか最後の飛翔!!『お前の翼を折ってやるぜ! by ティラノ近藤』」
ポスターには、いかにもエースらしいレスラーと、いかにもヒールらしいレスラーが大きく写されていた。

大学生二人がポスターの前に立ち止まる。
「懐かしいなー、フェニックス」
「誰だよ」
「厚木のローカルプロレス。小学生の頃、じいちゃんと駅前でよく見てたんだよ。地元民だからさ」
「東京じゃあ聞かないな、、、今日引退じゃん、フェニックス」
「マジかー。なんか、3~4年前から故障で飛べなくなっちゃったからなー。必殺技出ねえんだよ 。今日、引退かー。俺も、見に行かなくなっちゃった」

大学生二人の後ろで、ポスターに目をやりながら、二人のやり取りに耳を傾ける大男がいた。
身長190㎝、坊主頭にあごひげ。どこかのブロンズ像がコートを羽織ったかのような無骨な風貌だった(主人公:ブラッディ・ジョー。40歳前後)。


本厚木駅前特設リング(夕方17時)

プロレスリングが設置され、観客が立ち見で見ている。地元ではそれなりに根付いていることがうかがえる。
リングの上では、若手がプロレスをやっている。どうやら、ひとりがヒール、ひとりがベビーフェイスのようだ。

特設リング横選手控室テント(夕方17時)

リングからわずかに離れたところに仮設テントが立っていた。選手控室になっている。

ヒールもベビーフェイスも混じり数名のレスラーがいる中、奥の中央に座るのは、団体のエース。覆面のレスラーのフェニックス赤坂(30代半ば)だった。
そこに、若手の一人が飛び込んでくる。Tシャツには、「恐竜軍団」と書かれている。風貌からは明らかにヒールだったが、線は細く頼りない。
「いま、ティラノさんから連絡が入りました」
「あいつ、何やってんだよ。俺の引退試合で遅刻ってどうなんだ?もうすぐ試合はじまっちゃうぞ」
「いや、やばいっス。ティラノさん、来る途中で乗ってた車が追突されてこの近くの病院に運び込まれたらしいです」
「!!!!!」
「ティラノさん無事?」
「どうすんだよ、試合どころじゃないぞ。それ」
「一応、病院に運ばれて、命に別状はないっス。でも、これから検査だって」
色めき立つ控室。

「今日は、無理っス。引退試合はティラノさんが回復してからっス」
「アホか。フェニックスさん、今日終わったら、即入院手術なんだぞ。本当はもう二度とリングに上っちゃいけないって言われてるのを押し切ってリハビリしてきたのに」
「じゃあ、俺たちが引退の相手を務めます」
「ティラノさん以外は、もう全員今日、試合やっちゃってるだろ。エースの引退試合で、なんで2試合目の俺たちが出られるんだよ」
控室ではヒールもベビーフェースもない団体だった。

「わりぃ、遅刻したわ!!!!」
テントに男が入ってきた。全身がギプスと包帯で巻かれ、松葉杖をついている。ティラノ近藤(30代半ば)だった。
「わりぃわりぃ、ちょっと事故もらっちまった」
「ティラノさん、大丈夫なんですか?!」
「まさか、病院抜けてきちゃったんですか?」
「ああ。これから色々検査だって言うからな。抜けてきた」
「やばいじゃないっすか。すぐ戻ってくださいよ」
「厚木プロレスは、フェニックスと俺が作り上げてきた団体だ。学生プロレスからずっといっしょにやってきたフェニックスの引退の相手は俺しかいねえだろ」
「でも、お前、その体じゃ無理だろ、、、、」とフェニックス。
「いや、今日だけ、地獄でミイラパワーを身につけてきたって設定でいく。右手だけは動くしよ。ガハハハハ」

重い空気が流れる。

「苦しいぞ、それ、、、それに、お前、一人で立ってられないだろ」
「『一人前のレスラーは怪我をしない、一流のレスラーは相手に怪我をさせない』って新弟子の頃教わったけど、10年も経って俺達は一人前にすらなってなかったな」
フェニックスが、少しでも場の空気を和ませようと、おどけた口調で言うが、まったくの空回りをしていた。誰もがこの試合の重要性、ティラノの状況を理解しているからだ。

「もうすぐ、前の試合終わります!」テントの中から試合の様子を伺っていた若手が焦った声で伝える。
「ペンギンとマンモスに、試合長引かせるように言ってくれ!」
フェニックスがそう伝えると、若手はうなずき、テントの外に出ていった。

「俺が出よう」
テントに入ってくる男がいた。駅前でポスターを見ていた大男だった。
「誰だ、お前!?」
「ジョー。ブラッディ・ジョーだ。フリーのレスラーだよ。声が聞こえちまったんでな」
「名前聞いたことがないぞ、本当にレスリングできるのか?」
無言で、ジョーは上着を脱いだ。岩のような肉体が現れる。長年レスラーをやってきたものだけが持つ肉体だった。
「これでいいか。それに俺がプロレスできるかどうかなんて、お前には関係ないんじゃないか?」
そういって、フェニックスを見る。
「ああ、、、このリングだったら、俺は椅子とだって試合できるさ。それに、それだけのボディなら、十分、説得力がある」
「じゃあ、お前は、俺がフェニックスに引導渡すために地獄から連れてきた刺客っていう設定で行く」
「ああ」
「それと、フェニックスは、今の俺以上に満身創痍なんだ。個別の関節を狙う攻撃は禁止。で、一番ヤバイのは頚椎だ。だから絶対に首への攻撃はするなよ」
ジョーの目の奥が、一瞬光る。
「もう時間がないです。これ以上、ペンギンさんもマンモスさんも試合延ばせません」
「適当に見せ場作って、派手に負けてくれ。よし、行くぞ」

そういって、試合に立ち上がったレスラーたちをブラッディが見下すように言った。

「まだ、ギャラの話が済んでねえ」
「そうだったな。5万なら払える。残念ながらこれがうちの限界だが、悪くないはずだ」
「バカか。桁が2つ違うよ100万だ。こいつの引退試合なんだろ」
ブラッディが顎でフェニックスを指す。
「なんだと!?足元見やがって!!!!」
「ふざけんなよ」
「、、、おい、金庫もってこい」
ティラノが言った。
「団体の資金が今ちょうど100万だけある。これを持っていってくれ」

「バカか。これ使ったら、もう次の興行打てねえだろ。それにお前の病院代だって」
フェニックスが止める。

「俺がバイトでもなんでもして金は作るから、試合やってくれ。お前の最後の試合見せてくれ」
そう真剣な眼差しで語るティラノに、フェニックスが力強くうなずく。

若手が、金庫を持ってくると、ティラノが金庫を開け、100万円を若手に持たせる。
「足元見やがって、、、、」
若手が吐き捨てるように、小声で言いながら現金を渡した。

「いいだろう。確かに受け取った」
ブラッディは、にやりと笑うとその100万円をバッグに詰め込んだ。
「すっきりしたところで、気持ちよく試合にいきましょうかね」
おどけた口調で、レスラーたちをぐるりと見渡した。

テント外。リングへの花道(17時25分) 

フェニックスがリングに駆け上がる。膝の痛みを隠している。
(クソ、、、この試合が終わるまででいい、もってくれ。俺の体、、、)
右手を高々と突き上げる。
(腕上げるだけで、肩が悲鳴上げてやがるぜ、、、)

歓声があがる。地元で10年やってきた団体。プロレスだけでなく、ボランティアも、子どもたちの遊び相手もやってきた。厚木でフェニックスを知らない人間はいなかった。引退試合であれば、足を止める人間がたくさんいた。

歓声が一段落するのを待って、騒がしいドラム音がスピーカーから鳴り響いた。ティラノの入場曲だ。

だが、その全身包帯の異様な風体に、一瞬、会場が静まった。ヒール役のレスラー数人に、支えられながら、ティラノが入場してくる。

リングサイドの席に腰をかけるとティラノは拡声器を口に当てた。
「おい、、おーい。フェニックスよ。お前、引退するんだってな。ちょっと俺様たちがかわいがりすぎちまったか?」
「お前の介錯なんか、俺が出るまでもねえ」
「見ろ、分かるか俺の今日のファッション、、、包帯ファッションが地獄で流行ってるんだよ。地獄に行った野暮用ついでに厚木の田舎もんのために、仕込んできてやったんだ」
「今日はな、俺が地獄の子分を連れてきてやったぜ」
ブーイング。
「カモーーーン、ブラッディ・ジョー!!!!」

うおおおおおおおお!!!!

という凄まじい咆哮が、花道に轟いた。

ブラッディ・ジョーが、鎖を両手に持ち、唸り声で客席を威嚇しながら、花道を歩いていく。

(だいじょうぶか、、、こんなに興奮してて)
ティラノが一瞬不安そうな顔をする。

「おい、おい、おい。ブラッディ!あんまり脅かすと、気弱なフェニックスが逃げちまうぞ!!優しくしてやれよー」

ブラッディは、ティラノを睨みつけると、鎖を投げ捨てそのままリングインした。

リング内。リング内には、ブラッディ、フェニックス、そしてレフェリーの3人。

ベビーフェースたちはフェニックスコーナーに、ヒールレスラーたちはリングサイドのティラノの横に陣取っている。

(こいつ、、、でかい)

リング状でブラッディに対峙した177cmのフェニックスは、ブラッディを見上げるような格好になっている。そして、なによりパンプアップしたブラッディの肉体は控室で観たときよりも一回りは大きく見えている。

ゴングが響く。

ブラッディが両手を大きく上げ、ロックアップを要求する。
フェニックスもそれに応え、両者が組み合った。

歓声がわく。

(クソ、、、なんて重さだ、、、メジャーのトップレスラー並、、、何者だ?!)

この体格差でのロックアップはただでさえ体力を消耗する。フェニックスが苦痛に耐えている。

それを見透かしたように、ブラッディが揺さぶりをかける。
揺さぶりをかけるたびに、フェニックスは、肩、腕、肘、背中、腰、膝、足首、、異なる場所に圧力がかかり、そのたびに苦痛で顔を歪め、また力が抜けたりしている。

(これ以上、力比べには付き合えねえ)

そう思った瞬間、ロックアップが解かれた。

(フェニックスやべえぞ。試合なんてできるコンディションじゃなかったのか、、、、、)
大怪我する前に試合を終わらせてやりたい。最後に厚木のファンにリング上の姿を見せられただけで十分だ、ティラノにそんな気持ちがよぎる。

「おい!ブラッディ!!!もう、フェニックスの野郎はフラフラだ!もう、とどめさしてもいいぞ!!!」
「そうだそうだ、とどめさしちまえ!!!」ティラノの真意を察した、ヒール軍団の若手たちも、必死に煽る。

だが、ブラッディはその声を無視して、フェニックスの右肩と右肘をロックし、そのまま抱えあげると、そのままの体勢で自分の体ごとリングに叩きつけた。

メチッ!!!

という嫌な音が響く。

ぐわああああああ、、、、

フェニックスが転がりまわる。

(あの野郎、そういう攻撃はするなっていっただろ!!!!)

ティラノの顔がひきつる。しかしブラッディは、お構いなく、苦痛に顔をゆがめるフェニックスをグラウンドで捕まえると、エビ固め、ヒールホールドと次々に技をかけていった。

技がかかるたびに、フェニックスの体は搾り上げられ、伸ばされ、そしてバキッ、ボキツという鈍い音がして、フェニックスから叫び声が漏れていた。痛めているところをあらゆる角度から集中的に狙われていたのだった。

観客席からも悲鳴が上がり始めた。

「ブラッディふざけんなー」
「試合止めろー!!!」

そんな声も客席に上がり始め、次第にブーイングが大きくなっていく。

(おい、、、赤坂、どうすればいいよ、、止めていいのか?、、、もう、観てられねえよ、、、、すまねえ、見ず知らずのヤツを俺たちのリングに上げちまって、、)

「おい、お前たち乱入して試合ぶち壊してこい、、、赤坂がもう限界だ」
ティラノがそっと周りのヒール軍団にささやく。
コクリとうなずく。

そして、リングサイドの反対側にいた、ベビーフェースのレスラーたちも、その動きを察して、コクリとうなずいた。

ヒール全員で、このリングに乗り込んで、フェニックスを袋叩きにするフリをしてブラッディから引き離し、すかさずベビーフェースにフェニックスをリング下に降ろさせて、あとはティラノのマイクパフォーマンスで場を締める、それが、ティラノに思いつく一番の策だった。

(赤坂、、、学生プロレス仲間の俺たちが、一緒に朝日プロレスに入門して、しごかれて、前座卒業できなくて、、、一緒に夜逃げして、厚木プロレス旗揚げして、、、楽しかったな、、、すまん。こんな終わり方にさせちまって、、、ブラッディには絶対に落とし前つけさせてやるからな!!)

リング上では、フェニックスの惨殺ショーが繰り広げられていた。

レフェリーも、いざとなったらブラッディの腕に当たって反則を取って試合を止めるつもりでいたが、ティラノの動きに気がついて、耐えていた。

(ティラノさん早く!!!フェニックスさんもう耐えられませんよ!!)レフェリーも心の中で叫んでいた。

ティラノが乗り込む合図をしようとした瞬間、フェニックスと目があった。

(止めるな!!!!!!)

(ここで最後までやらせてくれ!俺が、お前以外に無様に倒されたら、俺達のリングはどこにもなくなっちまう)
(俺たちのリング、、、俺に守らせてくれ、近藤!!)

「ティラノさん!!!」
ヒール軍団のレスラーが、小声で叫ぶ。

ティラノは首を振った。
「まだだ、、、まだフェニックスは諦めてない!あいつはあいつの戦いをしてる」


ティラノは拡声器を握りつぶすほどの力で握っている。他のレスラーたちは、焦りを隠せないが、全員がフェニックスとティラノの厚い信頼を知っている。ひたすら耐えるしかなかった。

リング上では、フェニックスが、ブラッディの一瞬のスキをついて、ネックブリーカードロップを食らわしていた。

おおおおおおおお!!!!!!

今日初めてのフェニックスの攻撃に、地鳴りのように観客席が沸き上がる。レスラーたちも、思わず声を上げた!!!

「いけえええええええ、フェニックスーーー!!!!!」

観客の声援があがり、一気に会場がヒートアップする。

フェニックスが渾身の力を込めた技を繰り出し始めた。

浴びせ蹴り、ローリングソバット、肘打ち、ドロップキック、、、

往年のキレはなかったが、どれもティラノたちを相手に打ち込んで、厚木の観客を沸かせてきた技だった。

ブラッディがグロッキーになり、大の字にリングに横たわっている。

あとは、あの技、、、、ローリングフェニックスヘッドバットを決めるのが、フェニックスの必殺フルコースだった。

しかし、観客は全員知っていた。もうその技はこの3年間一度も出していないことを。
「危険すぎて、ティラノを殺してしまう。刑務所に入るわけにはいかないから」
と言って封印していたが、その実、ロープに登ってそこからムーンサルトでヘッドバットするような大技を出せる体では既にないことも、そこにいるほとんど全員が理解していた。

「ローリングフェニックスヘッドバット決めてーーーー!!!!」
無邪気な子供の声が響き渡る。

(いや、もういいんだ、ここでフォールしろ!!!ブラッディもレスラーの端くれなら、エースの猛反撃のあと起き上がってなんてこない!!!)
ティラノは、心の中で叫んでいた。

「おい!!ブラッディ、なにやってんだ『フォール』されちまうぞ!!!!」
ティラノが、フォールを強調した野次を浴びせる。

「フェニックス、今、『フォール』はやめとけよ!!」
ヒールレスラーがティラノに続き、盛んに野次を飛ばす。 野次の体をとりながら、その実それはフェニックスへの声援、アドバイスだった。
(フェニックスさん!!はやくフォールしてください!!!!フォールです!!!!)
「ブラッディ、よかったな!!!フェニックスがフォールの方法忘れちまってるぞ」
(なにやってんだ、フォールに行け!!!)

「フェニックスさん!!!フォールです!!!!」
フェニックス陣営のリング下に構えるレスラーたちも声を揃える。

言葉こそ違えど、厚木プロレスのレスラー全員がフェニックスにフォールを促していた。

(今が、フォールのときだって、わかってるよ、、でも、そんなプロレス、俺たちのプロレスじゃないだろ。最後に俺たちが作ってきたプロレスやらせろよ)

フェニックスは、トップロープに登ろうとしていた。

一か八か、もう一度あの技を繰り出す決意を固めていたのだった。

(俺の体、、、、奇跡を起こしてくれ、、、)

それに気がついた観客が歓声を上げる。かつて、トップロープに二蹴りで飛び乗っていた頃の面影はなく、ロープに足をかけて、よじ登るような格好になっていたが、それでも、フェニックスのその姿に観客は、心を踊らせていた。

(もしかしたら、、、)

そんな期待をそこにいる全員がしかけたときだった。

ブラッディが伸びをすると、ゆっくりと立ち上がり、大げさにあくびをするフリをした。

フェニックスの動きが止まる。

効いていない、のアピールだった。

「あの野郎!!!!!!!」

レスラー、それも団体エースの決め技、フィニッシュへの一連の攻撃が効いていないというアピールは、レスラーにとってタブー中のタブーだ。

ここは大人しくグロッキーでフォールされるべきところだった。

それをブラッディはすべてブチ壊して、平然と立ち上がり、観客にノーダメージをアピールしたのだ。

(この野郎、、、、、)

一番、怒っていたのは、フェニックスだった。自分たちが、10年かかって作り上げたリングで、こんな侮辱的なことをされたこと、そしてなにより、本当にダメージをまったく与えられていない自分の衰えに怒り狂っていた。

だが、目の前の男は、実際あまりに強かった。

(せめて、、せめて、俺の体がもう少し動いたら、、、)

そう思ったが、もはやどうにも出来ない。

しかも、二人がただリング上で対峙しているだけのところに、リング下のレスラーたちもなだれ込む訳にもいかず、レフェリーも試合を止めるすべを持たなかった。

すると、突然、ブラッディが咆哮を上げて、腕のアームガードをずらした。

(ラリアットを打つつもりかッッ!!!!)

ラリアットは、シンプルだが、もっとも首へのダメージが大きい技だ。

(クビは絶対だめだ!!!!!)
レスラーたち全員が、心の中で叫ぶ。

「ブラッディ、今すぐ、寝技でフェニックスにギブアップの屈辱を与えてやれ!!これは俺の命令だ!!!!」
ティラノが叫ぶ。

ブラッディは、おどけた表情でティラノを見返すと、体が動かないフェニックスに向かっていき、その体を捉え思い切りロープに振った。

そこから先、フェニックスにはすべてがスローモーションで見えていた。

ロープに思い切りぶつけられ、その反動で否が応でも体が、ブラッディの方に飛んでく。

駆け込んでくるブラッディの太い腕が目に入る。

そして、その腕にクビが吸い込まれていく。

(俺、、、、死ぬんだな、、、近藤、、、みんな、、、ありがとよ)

そして、強い衝撃。

意識が飛んだ。

リング状では、フリ抜き式のラリアットを食らったフェニックスが大の字で伸びている。

ブラッディは、奇妙で下手なダンスで客席を挑発し、客席からは悲鳴とブーイングと絶叫とヤジが乱れ飛んだ。

レスラーたちは絶句し、立ちすくんでいる。

異変を察知したレフェリーが、フェニックスがまだ命があること、意識があることを確認し、生きていることを知らせるために、ダウンカウントを始めた。
「ワ~ン、ツー、、、、、」
テンカウントノックアウトなんてルールはないが、レフェリーストップで止める。それがレフェリーなりのブラッディからフェニックスを守る方法だった

(俺は、、、生きてるのか?、、、、首から下がなくなっちまったみたいだ、、、、痛みもなにも感じねえ、、、、体が空気みたいに軽く感じる、、、、)

(クソ、、、、あの野郎、、、人のリングで、、、、つまんねえ踊り踊りやがって、、、、、もし、体さえ、、、、)

だが、次の瞬間、そこにいる全員が目を見張ることが起きる。

フェニックスが、ヘッドスプリングで飛び起きると、そのまま一蹴りでトップロープに駆け上がったのだった。

(どうなってるんだ?!体が、信じられないくらい軽い!)

一番驚いているのはフェニックス本人だった。

(これは夢か?!)

トップロープからさらに高く舞い上がると、体を空中で回転させ、ダンスをしているブラッディの頭にヘッドバットで一直線に落ちていった。

ゴツ!!!!!

という鈍い音が鳴り響き、そして、ブラッディの巨体がリングにゆっくりと沈んでいった。

客席が大歓声に包まれ、レスラーたちも全員、立ち上がって拳を突き上げていた。

ブラッディはピクリとも動かない。

フェニックスがそのままフォールに入る。観客も、レスラーまでもがカウントに声を合わせた。

「ワーーーーン、ツーーーーーー、スリーーーーーーー!!!!!」

勝利のゴングが鳴り響く。

「フェニックス選手、17分27秒、フェニックスローリングヘッドバットでブラッディ選手に勝利です!!!!」アナウンスがこだまする。

大歓声があがる。思わず、ヒールたちもガッツポーズを決めている。

勝利のガッツポーズをするフェニックス。まだ自分の身に何が起きたのか分かっていない。

「おい!!ティラノ!!!!お前、またずいぶんとしょっぱいレスラー連れてきてくれたな。これじゃ、俺も引退できないぜ。引退してのんびりするつもりが、フェニックス復活祭りになっちまったぞ!」
「なんだとコラ!!!!おい、確かに今日のところは俺の負けをみとめてやるよ。やっぱり、お前を地獄に落とすのは俺しかいねえ。クビ洗って待ってろよ!!!!」

もう一度、観客が沸き。厚木プロレスの興行が終わった。

控室テント。ブラッディ以外のレスラーが全員、そこに集まっている。

「おい、ブラッディの野郎、どこ行った」
「あいつ、殺してやる!!!!!」
「フェニックスさん、一歩間違えてたら死んでましたよ。今日」
「探し出してこい!!!」

はい!と返事して、若手が飛び出していった。それに他のレスラーも続こうとする。

「いや、、、ちょっと待ってくれ、、、」
フェニックスが、口を開きレスラーたちを止めた。

「あのラリアットのあと、、、というより、あの試合の後、体中から痛みが消えちまったんだ、、」
「は???」
「今思えば、、、技をかけられるたびに、少しずつ体中のずれた何かが繋がっていくみたいだった、、、」

フェニックスは、かけられていた技をひとつひとつ思い出していた。

「体が、まるで新品に入れ替わっちまったみたいなんだよ、、今、、、」

「なんだってーーー?!試合中に体が治っちまったっていうのか?」

「、、、、!!!!!、、、、そういえば、昔、聞いたことがある。『一人前のレスラーは怪我をしない、一流のレスラーは相手に怪我をさせない』でも、世の中には『試合中に相手の怪我を治しちまう、超一流のレスラーがいる』って」
ティラノが新弟子時代を回想する。
「まさか、、、、そのレスラーが、、、、」
「確か、その超一流のレスラーが『BJ』って呼ばれているって、聞いたような、、」
「BJ、、、ブラッディ、、、、ジョー!!!!!」

「おい、ブラッディを、、、ブラッディさんを今すぐ、見つけてこい!!」
フェニックスが叫ぶ。

そこに、さっきブラッディを探しに行った若手が戻ってきた。

「一瞬、追いついたんですが、、、」
「あの技はクビへのダメージが大きいから、ムーンサルトからエルボーくらいに変えておけって。右足首は特に入念にストレッチしろ、だそうです。あと、これはティラノさんへの見舞い金だって」
そう言って、ティラノに渡されたのは、何枚か万札が抜かれて少しだけ薄くなった札束だった。

呆然とするレスラーたち。


厚木駅付近タクシー車内。ブラッディは、タクシーに乗り込んでいる。

「面白い試合だったぜ、、、ありがとよ」
ブラッディがつぶやいていた。手には10万円弱の現金とビール。

~~~~
「レスラーは怪我をするべからず。一流は怪我をさせるべからず」

だが
「試合中に相手の怪我を治す伝説の超一流レスラーがいる」
そんな都市伝説が、プロレス界には存在する。

今日もまた、どこかのリングで、その超一流のレスラーは、人知れず対戦相手の怪我を治しているに違いない。
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第2試合「vsコング内藤」



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