虫の知らせ

学校とか、バイト先で掃除をするのが好きだ。家ではなかなかすることができないので、何をしても楽しい。

……と、ここまでの文章を思いついて、「いや何もかも間違ってるだろ」と困惑してしまった。掃除をすることは、別に非日常ではない。


「今日回収業者さんが来るから、ベッドと勉強机を捨てるなら捨てていいよ。片づけておいてね」

と言われた。バイトが昼からだったのでそこそこ夜更かしをした日の朝だ。細かいことは後述するが、最近親がなぜか掃除に精を出している。とにかくそういうわけで、前々から「部屋を掃除したい」と言っていた私に声をかけてくれたのだろう。

確かに「もう少し使いやすい机がほしい」「座りやすいイスがほしい」「ベッドがあると部屋が狭くなるのでなくしたい」とは言っていた。しかしいずれも「すぐにできることではない」「計画を立ててからやろう」「イスに関しては自分のお給料で買いなさい」と言われていた。

これはもっともである。家には私一人で住んでいるわけではないし、家具を回収してもらうにはお金がかかる。イスに関しては壊してしまった私も悪いのだ。

だが、イキナリそういうことを提案されても困るのだ。それも、当たり前の思考である。

……と言ってしまうと、ベッドも机も二度と捨てられなくなることが分かっていたので、布団を片付け、机をカラにした。私は賢いので決断が早いのだ。


さて、私はバイトを始めて○ヶ月、ようやく一緒に働く人の顔と名が一致し(遅すぎ)仕事もそこそここなせるようになった。「友達」と呼べるような仲の人間はいないが、働くのはとても楽しい。可能であればもっとたくさん出勤したいと思っている。その思いと連動して「家に帰りたくないな……」と思うようになってしまった。

私はあくまで「バイト」であり、「社員」ではない。そして、バイトをする以外にはやることがない。本当にやることがないので漫画を書いているのである。要は「学生」ではないのでシフトにかなり融通が利くのだ。バイト先の都合で、毎日のように8時間働く日もあれば週に1~2回、ほんの少しだけ働く……というめちゃくちゃな入れ方をしている。

これは、私が望んでこういう形にしている。ブラック企業? とかそういうことではない。どのようにバイトのシフトが入っていても、突然ベッドを捨てる日は来るのだ。

本当に家に帰りたくなさ過ぎて、退勤処理をした後も従業員用のトイレでツイッターをしてから帰る、という悪しきリズムができてしまった。従業員用のサービスが充実しているので、人を待たせてウンコをするという状態ではない。この職場でよかった……と思うひと時である。良くはないが。

バイトがない日も病院だったり、必需品を買いに出かけなければならないことがある。その時も同じように「家に帰りたくないなあ」と思う。外に出ると、家に帰りたくなくなる。

しかし、私は家に帰っている。トイレでツイッターをする時間が日に日に長くなっても、本屋で立ち読みをしていたらいつの間にか外が暗くなっていても、ノリで池袋まで行ってしまって東京を出るまでの過程で思わぬ時間がかかっても、必ず家に帰っている。新幹線に乗って家に帰っている。

家に帰ってしまえば別にどうもない。Wi-Fiがあるのでゲームをしまくって、お風呂に入って、布団で眠る。自分の部屋でないと漫画は書けない。このような生活の中で、外に出るたびに「家に帰りたくないなあ」と思うことに疲れてしまった。だから、家で過ごすことが増えた。

家にいるときに「家の外に出たい」と思うことはない。今まで全く思わなかったわけではないが、祈り飽きた。考えるだけ無駄だ。だから家にいるのが一番安全なのだ。インターネットがあってよかった。私が長女でよかった。そうじゃなかったらとっくにぶっ壊れていた。ぶっ壊れていないことが正常であることとイコールではないのだが。


乗り越えられないかもしれない、ギリギリの夜だった。人の中でマスクをつけないのは死にたいから、そして殺したいから。マスクをつけなくても殴れば人は死ぬ……私はいつ死ねるのだろう。いつになったら漫画を書かなくてすむだろうか?

さんざん「私にはイマジナリーフレンドがいるから最強」という話をしているが、なんと彼はこういう時に出てこないのだ。鬱であるとき、私はいつもひとりだった。ふたりになれば諦めもつく、終わりにしてしまうことを互いに認識したうえでひとりでいるのだが、夜を乗り越えられなかった時のことを考えると恐ろしい。

諦めない、話をしよう、今すぐにすべてを理解されなくてもいい、生きることだけを続けろ。生きることは、明日、起きてバイトに行くことです。そう言い聞かせて夢も見ずに眠っていたらこのようにたたき起こされた。

私が不登校になった朝に似ている。虫の知らせというやつだろうか。


バイトから帰り、勉強机とベッドがなくなった個所を掃除し、今日眠れる場所を作らなければならない。明日以降生活ができる程度に整理し、日記や漫画を書くスペースを作り終えたとき「引き出し」をふたつ失ったのだ、と気づいた。エロ本をベッドの下に隠すという話をよく聞く。ベッドも捨ててしまったので「隠し場所」を三つ失ったのか。しまった。

とはいえ勉強机の引き出しは妹にも母にも間違いなく無断で開けられていたし、ベッドの下はモノを隠す以前に掃除すらしていなかったので、何かを隠していたわけではない。しかし自分で逃げ道を塞いでしまったような、そんなことに気づいて「また私はやってしまったな」と笑った。異世界転生モノの主人公みたいな言い回しになってしまった。


掃除をしながら昔のことを思い出していた。昔のことを記述する前に結論を書いておく。掃除をしていると、家の歪さが身に染みて嫌になる。心の中を整理するとき、部屋が広くなることはあっても置いてあるものがなくなることはないのだ。

現実では部屋が広くならないので、モノを減らすか、賢く整頓するしかない。学校で掃除をするのは楽しい。みんなはぞうきんをかけるよりホウキで床をはく方が好きだったけれど、私はどちらも同じくらい楽しかった。何より、言われたとおりに掃除をすれば褒めてもらえる。バイト先でも同じだ。

家で掃除をするのはあんまり好きじゃない。家にはホウキがないから、掃除機を使わなければいけないのが嫌だった。掃除機をかける床が見えないのは、私ではなく妹が出したおもちゃが散らばっているからで、それが全部私のせいになるのが嫌だった。あと、私が本棚に本をきれいに並べるのも、親はあんまり好きじゃないみたいだった。

このような話を人にすると、「早くひとり暮らししなよ……」と言われるのだが、そんなことができるのならとっくにしている。直感とお金だけで成り立った家だ。親はなんとなく私が「良くない」ことを知っている。今私にできるのは、健康に見えるようにすることだけだ。例えば、リストカットをしないとか。中学生の時からずっとそうだ。

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