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電子立国日本の崩壊 3

5) 極端な半導体の物余りと物不足
 
 シリコンサイクルと呼ばれる半導体の物余りと物不足が何年かの周期で生じている。これはどのようなものなのか。ある時になるとあらゆる半導体製品が足らなくなったり余ったりする。それも極端に余ったり足らなくなったりする。
 
これを理解するには、ホテルの事業に置き換えて考えると理解しやすい。
たとえば、あるホテルを作ろうとした際は、市内なのかリゾート地なのか、高級ホテルか安いビジネスホテルか、規模はどれくらいかなどを最初に決めなければならない。この計画にあわせて投資をし、ホテルを作り、お客様を集め営業をするのであるが、実際の営業を開始出来る時と計画時ではどうしても時期がずれてしまう。ここに景気の波が加わると、好景気時代には部屋数が足らなく、常に満室であっても価格を上げることは難しく、利益は上限に達してしまう。一方で不景気で部屋が空いてしまうと少しでも埋めようとし、安い価格を提示してしまい、元に戻せなくなってしまうこともある。半導体も同じような現象を繰り返していた。稼働率で補える範囲を超えると、100しか作る能力がないと、どんなにがんばっても100しかできない。設備を増強し基本的な生産能力を上げるしかない。
 
 ここで疑問が生じる。半導体メーカーは同じようなものを作り、電機電子メーカーはどこからでも購入できたのではないか。そうであれば代替が効き、うまく回るのではないか との疑問である。ところがこれがうまくいかない。なぜなら、購買部門には、購入する部品は納期通り購入できて当たり前との非常に強いプレッシャーが社内からあり、万が一、製造ラインが止まるようなことになると責任問題になる。勿論、会社としての損失も大きい。このため、一旦、物不足が生じると購買部門の担当者は必死である。いままで高飛車で、半導体メーカーの営業を従え、夜の街をのし歩いていたものが、半導体を分けてもらうために頭を下げにいくのである。一方の半導体メーカーも、極端にひどい取引条件を強要するものや、先々の取引があまり望めないところは、これ幸いに供給量に反映する。中にはこの時とばかりに恨みを晴らすようなことがあったりする。
 
購買部門の担当者は、最初は高圧的であったり、あの時はこのように約束した などと息巻くが最後は頭を下げるしかない。半導体メーカー側もいつまでも物不足が続くわけでもなく、先々も考え、供給量を上げる努力をするとともに、製造ラインを維持できるように配慮する。ここでバランスが取れてくるが、物不足の初期の段階では中々難しい。自分たちに必要な半導体の数量が確保できないと分かった場合、まず駆け引きが生じる。すなわち、必要数量を増やして要望し、最低必要数量を確保しようする。その上数社から購入可能であれば、すべての半導体メーカーに数量を増量して要望してしまう。半導体メーカー側で多少割り引いたとしても、希望的な予想も含まれるため、実体とかけ離れた数量が需要として独り歩きを始めるのである。
 
さらに悲惨なのは、これらの要望数量にあわせて半導体メーカーの設備投資が行われることである。その効果が出てくるには数年必要なこともあり、その間に景気が落ち込んで、不要な能力を持った半導体の設備が残る。こうなると半導体メーカーは、製造における稼働率を上げようとし悪循環が繰り返される。この多額の設備投資を伴う赤字の発生は、主として生産能力と実需のミスマッチに起因するが、それを長期にわたり合わせ込むのは至難の業である。これが経営側から見ると、巨額の投資にもかかわらずリスクばかりが目立ち、利益が出るときはいいが、出ないとなると大規模な赤字が継続する投機のようなものと映り、投資対象から売却を前提とした事業にされてしまった背景でもある。
 
 ではどうしてどこの半導体メーカーでも同じようなものを作るようになってしまったのか、アナログであれば同じものを作るのは難しかったはずで、アナログでも集積化が進めば、盛り込む機能にも違いが出るはずである。また電機電子メーカーは、製品全体を設計製造していたのだから、他社との差別化のため新たな機能を設計し半導体に取り込めたはずである。何が原因でこのようになったか を振り返ってみたい。(しかも日本だけ顕著に現れたのはなぜか.....。)
 
 
6) 半導体の集積化が進んだときに生じた日本特有の現象
 
 みなさんはASICとかASSPという言葉を聞かれたことがあるだろうか。ちょっと専門的ではあるが、違いと意味するところだけは理解していただきたい。
 
 ASICとは、Application Specific Integrated Circuitのことで、特定の用途に向けて複数の機能を1つにまとめたもので、特定の顧客の要望に基づき、その顧客のみに提供をすることを前提に開発される。半導体メーカーが、この手法を用いて開発を行い、ASSPを開発することもある。
ASSPとは、Application Specific Standard Produceのことで、分野やアプリケーションを特定して機能を特化させたものであるが、顧客を限定せず複数の顧客に汎用製品として提供するものである。
簡単に言ってしまえば、ASICは特定の顧客向けのカスタム品であり、ASSPは半導体メーカーが作る特定分野向けの一般品ということになる。
 
なぜこのことが関連してくるのか、重要な要素を含むのか。それはこのASIC/ASSPにかかわる歴史を紐解くと、その要因を顕著に示しているからである。
 
半導体の集積化が進むにつれて、電機電子業界は半導体メーカーに対して、半導体メーカーが独自に開発をしたASSPを要求した。これは半導体の開発まで手がけることよりも、半導体メーカーに希望する仕様を出すことで、望む特性が実現できた半導体を、開発費の負担なく入手できることを目指したためである。半導体メーカーも、開発費をもらっても量産時にどれくらい出荷できるかわからない(その電機メーカーの製品がどれくらい売れるかわからない。また要望の特性の実現が難しかったり、いくつも開発できないためどこを選択すべきかなどもある)ことなどから、特定の顧客に限定されるよりも、広く売れるASSPを好んだ。
 
ASSPの開発が推進されると、半導体のメーカーと電機電子メーカーの結びつきが強まるはずだが、当時の日本の電機電子メーカーは、特定の半導体メーカーばかりではなく、複数の半導体メーカーを競わせることを考えた。これは電機電子メーカーは要望を出すだけで、開発費の負担等や採用の義務はないため、簡単にでき深みに嵌っていった。半導体メーカーは半導体メーカーで、できるだけ多くの電機電子メーカーの希望を取り入れて作り、多くの採用を目指し、売り上げをあげようとする。このことが結果として、同じような半導体がいくつも出てきて、それを採用した製品も同じようなものがいくつも出てくることになり、無意味な価格競争を加速させていったのである。
 
また、ASSPの開発にあたっては、集積される回路規模が大きくなるにつれ、また世代を重ねるにつれ、半導体メーカー側に回路設計を含めたノウハウが蓄積され、さらにその半導体を使用する周辺回路や応用回路等のノウハウも蓄積されるにおいて、いつしか製品側の電機電子メーカーは単なる組み立てメーカーとなっていったのである。これは半導体メーカーにその製品の使用方法や模範となる回路例を求め、そのことに依存することでさらに顕著となっていった。
 
 集積化が進むと製品に使用する半導体全体の数量は減る事になる。これは、製品が改良を加えられるとともに新たな機能が付け加えられたとしても、半導体への集積化は進んでいく。このため、半導体のメーカーと電機電子メーカーの特別な結びつきが、このことによっても変化してくる。すなわち今まで5社の半導体メーカーから違う5つの半導体を買っていたものが、3社から3つの半導体に変わると、その過程においてどの半導体メーカーをふるい落とすか ということが生じる。このことは半導体メーカーにとっては、生死を分けるので、多少の機能追加では差別化が難しく、安い価格を提示せざるを得なくなり、過度の価格競争が生じる。また半導体メーカーは生き残りのため、他の電機電子メーカーへの採用を強く求めるようになり、このことでも同様の競争が生じてしまった。
 
これらの結果、ほとんど同じような半導体がいくつもの半導体メーカーから出され、それを使用した電機電子メーカーの製品も同じような製品となり、差別化ができなくなっていった。また発売される時期も、半導体の開発と同期してくるため、どこからも同じ時期に同じような製品が出されてしまう結果となってしまったのである。消費者から見れば、何が違うのか分からず、販売員の進めるまま、または名のあるメーカーや価格の安いもの、使いこなせない機能があふれるように付いたもの などから選択をするようになってしまい、希望に沿った特徴ある製品を選べなくなったのである。
 
 それでは製品の差別化をはかるため、電機電子メーカーが自ら搭載する自社のみの半導体を開発すればいいが、(前述のASICがこれにあたる。)ASICが大規模になるほど開発費が急激に増大し、開発期間も長くなり受け入れられず、またASICの回路設計ができる技術者がほとんどいなくなってしまった時点で、要望だけ出して安易に結果を得ようとする、情けない状況を覆せなくなってしまった。
 
 
 4に続く
 
 

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