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LanLanRu映画紀行|時の面影

舞台:1939年 /  イギリス

「発掘」にはロマンがある。
それは過去を掘り起こして、ルーツを探る行為だ。地中に埋もれている人の痕跡は、驚くほど多くの情報を今に伝えてくれる。たとえば「モノ」の素材からは交易の範囲の広さを。制作方法からは、それが作られた時代や技術力のレベルを。見つかった場所から、どのような目的で使われていたか推測することもできる。
そうした「モノ」を一つ一つ掘り出して記録していくのは、実のところ根気のいる、地味な仕事だ。だが、そうした作業が、時には歴史的な既成概念を覆してしまうことがある。

「時の面影」

2021年公開/サイモン・ストーン監督作品
「時の面影」はイギリスの著名な遺跡、サットン・フーの発掘を巡るヒューマンドラマだ。実話を基にしたジョン・プレストンの小説「The Dig」が原作となっている。
第二次世界大戦が迫る1939年、未亡人のエディスは、自身が所有するサフォーク州の土地にある塚に考古学的な興味を抱き、経験豊富なアマチュア考古学者バジル・ブラウンに発掘を依頼した。そこで発見された墳丘墓は、最初ヴァイキング時代のものと考えられていたが、やがて彼らは、予想していたより遥かに古い時代の歴史的遺産を発見することになる。


サットン・フー遺跡について

彼らが発見したのは、アングロ・サクソン王国時代、7世紀前半に死去した戦士、あるいは王のものとみられる墓だった。599年から624年頃にかけてサフォークを統治していた、イースト・アングリア王国のレドワルド王のものであるという説が有力だ。
そこに埋葬されていたのは、長さ27mのアングロ・サクソン船と、予想もしていなかった豪華な品の数々ー。ナショナル ジオグラフィックに記事が出ているので、そちらから少し出土品の様子を見ることができる。人の顔を模したヘルメットや、繊細な作りの肩の留め金、生活用品、そして武器など。その多くは、鉄や金、ガーネット、羽毛など、世界中から集められた材料で精巧に作り込まれた品々で、シリアやスリランカなど遠く離れた場所にゆかりを持つものもある。
このような美しい品々が出土した時の興奮はどれほどかと思う。でも、サットン・フーの遺跡から発見したのは、それだけではなかった。


サットン・フー遺跡発見の意義とは

豪華な副葬品そのものにも、もちろん価値はあるが、サットン・フー遺跡発見の意義は、アングロ・サクソン時代にもイギリスに輝かしい文化が存在したことを証明したことにある。「時の面影」の中で、大英博物館からサットン・フーにやってきた考古学者のチャールズ・フィリップスは、コインの出土を確認した時に興奮して叫んだ。

アングロサクソンだ。
暗黒時代のものだぞ!6世紀だ!
今までの学説が覆る。
略奪と物々交換で生きる野蛮人ではなかった。
文化があった。芸術も。貨幣もだ!
(中略)
当時の人々は野蛮な戦士ではなかった。
洗練された人々だった。
高い芸術性を備えていた。
暗黒時代は暗くなかったんだ。

「時の面影」より

かつてヨーロッパに「暗黒時代」と呼ばれていた時代があった。5世紀から10世紀にかけての中世初期、ヨーロッパ全土を支配していたローマ帝国衰退後に建国されたゲルマン諸王国ーイギリスではアングロ・サクソンの時代。輝かしいローマの文明を失い、この頃のヨーロッパは、文化や秩序を無くした暗黒の時代と考えられていた。もともとゲルマン人が文字を持たなかったので、文献資料の乏しさからその実態があまりよくわかっていなかったのもある。
そのような闇の中のゲルマン人の姿に光を当てたのが、サットン・フーの遺跡の発掘だった。そこから発見された出土品は、中世初期のイギリスに対する理解を一挙に変えてしまったのだった。

第二次世界大戦が迫るイギリスの様子

ところでこの発掘が行われたのは、第二次世界大戦が迫る1939年のことである。それで映画には第二次大戦へと向かうイギリスの重苦しい様子が描かれている。ロンドンの街は戦争の準備に慌ただしい。街の彫像の周りに積み上げられていく土嚢。空爆に対する注意を呼び掛ける街頭アナウンス。停電の予行練習も行われている。
ラジオからは、刻一刻と侵攻を進めるドイツ軍の様子が伝えられている。戦争となれば、文化財の保護も課題だ。開戦前に終わらせなければと、発掘を急ぐ学芸員たち。出土した文化財の行先も、戦争を考慮して決めなければいけない。サットン・フー遺跡の出土品は、結局エディスによって大英博物館に寄贈された。第二次世界大戦中はロンドンの地下鉄駅構内に隠されていたが、今は大英博物館で一般公開されているようだ。

さいごに

静かながら多くを語る映画だと思った。そこに描かれているのは、戦争や病など、どこか自分たちも「死」と向き合いながら、サットン・フーの遺跡の発掘に関わっていた人々の姿だ。過去を掘り起こしながら、未来に想いを馳せ、今と静かに向き合っている。抗いようなく流れる時間の中で、生きることと死ぬことについて考えさせられるような、そんな静謐さを持った映画だった。


〈参考文献〉
・「財宝出土のサットン・フー遺跡、英国「最後」の豪勢な墓だった」
(NATIONAL GEOGRAPHIC,2021)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/21/020200054/


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