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思い出のディープインパクト

先週は、諸般の事情によりお休みをいただきまして申し訳ございませんでした。

いやね、レース回顧記事のほうが月曜から水曜にズレたもんですから、玉突きでこのコーナーがお休みになっちゃったんですよ。
私のせいじゃないんです。

今週はちょっと趣向を変えまして「思い出のディープインパクト出走レース」を書いていきたいと思います。

7月30日に急逝したディープインパクト。
その功績をたたえながら、振り返っていきましょう。


第3位 : 2004年 2歳新馬  勝ち馬・ディープインパクト

まだディープが現役だったころ、このような会話がいたるところでなされていました。

「ディープを本物だと思った瞬間っていつだった?」

多くの人が2戦目の若駒Sか、この新馬戦を挙げます。
ナリタブライアンにしても、オルフェーヴルにしても、初期の成績はおよそ3冠馬のそれとは思えない、取りこぼし(というよりも「盛大な負け」)が多いものでありますが、ディープの場合は新馬の段階から「ああ、この馬は3冠をとるかもしれない」というパフォーマンスでしたね。
当時は「ブラックタイドの全弟」という肩書きでしたが、またたく間にブラックタイドのほうが「ディープインパクトの兄」になっていったのを今でも覚えています。

ちなみに冒頭の質問。
私は「コンゴウリキシオーが2戦目に強い勝ち方をしたとき」と答えていました。

第2位 : 2005年 菊花賞  勝ち馬・ディープインパクト

2着のアドマイヤジャパン&横山典弘騎手は完璧な競馬。
それであの着差ではぐうの音も出ません。
セーフティーリードを確保したと思っても、並ぶ間もなく差し切られてしまう。
思い返せば日本ダービーのインティライミ&佐藤哲三騎手もお見事でしたが、これも為す術なく敗れ去りました。

相手陣営にとっては、まさに「無理ゲー」でしたね。
GⅠで単勝元返しというのも、私はこの時しか経験がない(はず)です。

ところが、次走の有馬記念では先行策をとったハーツクライの後塵を拝するわけですから、競馬は本当に難しいものです。

第1位 : 2006年 ジャパンC  勝ち馬・ディープインパクト

個人的には、このジャパンCがいちばん好きです。
禁止薬物摂取で凱旋門賞を失格になり、ある種の悲壮感というか「絶対に負けられないぞ」という意識がひしひしと感じられたレースでした。
身体の小さな馬でしたから海外帰りがどうかなとも思いましたが、当日の馬体を見たら何も問題なかったのを覚えています。

あとは、メイショウサムソンがドリームパスポートに先着されたのも衝撃でした。


いかがでしたでしょうか。
来週こそ、通常営業に戻ります。

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