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もはや気軽に行けない美術館

今月のテーマ:美術館
by 福島 千里

ニューヨークには名だたる美術館がたくさんあるけれど、この四半世紀でその多くが敷居の高い存在になってしまったなぁと感じている。その理由は入館料の高さだ。これは特にニューヨーク以外の国や地域から来る旅人がより痛感するところだろう。

昔話で恐縮だけど、10年ほど前なら美術館はもう少しアクセスしやすい場所だった。入館料も手頃で、時間にゆとりがあれば、特定の曜日や日にちに好きな/個々の懐に見合った料金を支払って入館できるPay what you wish / Suggested donationの利用がポピュラーだった。学生にいたっては学割がとても良心的で、当時、美術専攻の留学生だった私にとって、ニューヨークでの美術館巡りはこの上なく恵まれたものだった。”ニューヨークにおいて、美術館は誰もが気軽に行けるところ”。そんなふうに、どこか当たり前のように思っていた。

けれども今は状況が違う。記憶にある中で、徐々に“行きにくさ”を感じるようになったのは、2018年にメトロポリタン美術館が有料になったころだろうか。同美術館は1970年代から約50年にわたってPay what you wish / Suggested donationを採用しており、入口で提示されている入館料はあくまで任意の金額だった(だから、その時の懐具合や気持ちに見合った金額をいつも窓口で差し出し、入館させてもらっていた)。しかし2018年を機に、ニューヨーク州民と学生を除き、入館料は完全に定額(一般大人で$25)となった。他美術館の入館料も同様に値上がりしていった。そして2022年にはさらに値上がりし、メトロポリタン美術館の一般入館料金はついに$30(日本円で約4,000円)となった(2023年2月20日現在)

もっとも、ニューヨーク州民でなくても、クレジットカードの特典を利用したり、より手頃な価格で正規入館できる方法はある。ニューヨークが凄まじい物価上昇の波に飲まれる中、美術館も収入が必要なのだ。美術館だけではない。館内のカフェも売店も、そして街中のレストランもスーパーでの日用品も、みな物価高の大波に揉まれている。頭では分かっている。けれども、なまじ“甘やかされた時代”を体験していると、以前のような気軽さにはなれないのだ。それゆえ、一度足を運ぶとなると、「これでもか」というほどしっかり鑑賞するようになった。体力の許す限り、目も足も頭も全集中で美術館内を練り歩く。いつしか美術館訪問はとにかく気力・体力を要するイベントとなった。

アメリカ国内のインフレも最近はようやく頭打ちになったとか耳にするけれど、ニューヨークに限っては、物事はそう簡単にはいかなさそうだ。何かとんでもないことが起きない限り、この街のインフレが止まることはないと思う。それと同時に、美術鑑賞がまた遠い存在になってしまうのは、ちょっと残念だなぁと思っている。



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余談。
近年は何かとお金がかかるニューヨークでの美術鑑賞だが、興味深い展示を無料で楽しませてくれる隠れ家的スポットがある。それがThe Museum at FIT だ。ここはチェルシー区にあるニューヨーク州立ファッション工科大学に併設されている美術館で、小粒ながらもファッションを軸にさまざまな展示が開催されている。ここは私の母校なので(ファッション専攻ではなかったが)、多少の贔屓目もあると思う。それでも、あえてお薦めしたい。

ニューヨーク州立ファッション工科大学(Fashion Institute of Technology 通称はFIT)

たとえば2019年、パンデミック前に開催されていた「PINK-The history of a Punk, Pretty, Powerful color-」。近年、スポーツ選手なども男女問わず鮮やかなピンクのウェアや靴を身に着けることが目立ったが、一体誰がピンクは女性の色と決めたのか? 色が及ぼした社会影響や歴史、宗教やジェンダー観など、名だたるデザイナーのデザインや、気鋭のアーティストたちの作品を通して知ることができるとても興味深いものだった。

「PINK-The history of a Punk, Pretty, Powerful color-」美術館入口 The Museum at FITにて
「PINK-The history of a Punk, Pretty, Powerful color-」2019年展示の一部
展示作品の一部、JeongMee Yoon's Photograph, Jeeyoo and Her Pink Things (2007)


現在は、ニューヨークの音楽シーンとストリートファッションに注目したヒップホップ・スタイルの50年という展示が開催されている。本来、アートが日常のあちこちにあるニューヨーク。この小さな美術館もそんな場所の1つ(しかも入館無料!)。大御所の美術館も良いけど、もしニューヨークを旅する機会があれば、ぜひ覗いてみてはどうだろうか。

◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし


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