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クーパーは言った

今回のテーマ:コーヒー
題名:クーパーは言った
 
マンハッタンのストリートでコーヒーとドーナッツのセットを毎朝買っていた。値段は1ドルくらいだったじゃないだろうか。今でも近所のデリなら1.50ドルでコーヒーは飲める。スタバの出現でカフェラテとかカプチーノとかお洒落なコーヒーを飲むけれど、僕はやっぱりブラックの珈琲を飲む。
 
子供の頃、コーヒーは大人の飲み物だった、「苦い」という形容詞しか思いつかなかった時代だ。15歳になって中華料理店でバイトを始めるようになると、週末は一日働いて稼いだ。シフトが長いので、休憩があって、先輩たちと珈琲を飲みに行くようになった。地元名古屋で有名なコメダ珈琲。既にその時期からコメダは金字塔だったが、タバコもお酒も覚えても珈琲は相変わらず苦かった。その後も、喫茶店、ファミレス、レストラン、どこへ行っても人と会う時は珈琲を飲んでいたが、苦さは消えず、時にミルクや時には砂糖を入れていた。
 
しかし、アメリカへ移住する少し前、90年に「ツインピークス」というテレビドラマが大ヒットし、僕は夢中になって見ていた。中でも個性的なカイル・マクラクラン演じるクーパー捜査官は甘いマスクで、クールな存在だった。そして、彼はコーヒーを本当に旨そうに飲み、コーヒーへの愛が感じられた。しかし、彼が飲むそのコーヒーは、たかが、と言っては語弊があるかもしれないが、いわゆるアメリカンダイナーの、うっすうすかもしれない「アメリカンコーヒー」なのだ。それにも関わらず、彼はその香りを脳の奥にまで届くかのように鼻から深く吸い込み、眉を顰め、感慨深い表情で、” This is a damn fine cup of coffee…”と笑みを浮かべたのだ。


 
僕はこのシーンを見て、珈琲=旨いという方程式が永遠に頭の中に刻まれてしまった。その時から、僕は珈琲を心底味わえるようになり、「珈琲は苦い」から「珈琲は旨い」になった。思うに、我々は若い子供の頃から珈琲を味わって飲む習慣はない、珈琲を飲むのは大人になったという一つのステータスでもある。だからミルクや砂糖を入れて珈琲を飲む人を多くの人は「子供だねぇ」と茶化すのだろう。
 
また、珈琲は「苦い」、珈琲は「おいしくない」という理由以外に、カフェインで眠れなくなるから、を理由にあげる人がいる。だから、デカフェなら飲む珈琲ファンもいる。確かに若い頃は珈琲を飲むと眠れないことが多々あった。しかし、50代になったくらいからか、夜に珈琲を飲んでも目を閉じると眠ってしまうようになり、カフェインの伝説は消滅してしまった。
 
30年以上前、クーパー捜査官は僕を洗脳した。僕は今でも珈琲を飲んだ時、彼の「damn good coffee」が頭をよぎるのだ。

文:河野 洋
2023年5月9日

[プロフィール]
河野洋、名古屋市出身、'92年にNYへ移住、'03年「Mar Creation」設立、'12年「New York Japan CineFest」'21年に「Chicago Japan Film Collective」という日本映画祭をスタート。数々の音楽アーティストのライブ、日本文化イベントを手がけ、米国日系新聞などでエッセー、コラム、音楽、映画記事を執筆。現在はアートコラボで詩も手がける。

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