ラストアンサー

一話

「もし今が 死ぬ寸前に戻りたいと思った過去に
戻ってきた今 だとしたらどうする?」

黒縁メガネを押し上げて
幼馴染の男の子は 興奮気味に話した。
私は ブランコを後ろに引いて 小さく地面を蹴った。
夕やけ小やけのメロディが
小学生の帰宅を促すように流れる。
慌ててランドセルを 背負って走った日がもう懐かしい。

何ヶ月か前の話なのに。

彼は 中学に入ってからというもの
ぼうっと何かを難しく考えるような顔ばかりしてるかと思うと そんな事ばかりを
口にするようになった。
「人は うるさいから 死んだら 植物になる。」とか
「違う星に生きてる魂が
同じ星に 生きてるのって地球くらいのものかもしれない。」とか

今日も彼は 学校に行かず
この公園で そんな事ばかり考えていたのかもしれない。

二話

「すごい事だよ?もしほんとに死ぬ間際の走馬灯から選んで人生を何度もやり直してるとしたら!人は、ほんとは死なないしパラレルワールドを 実は行き来しあってるだけもしれないんだよ?
だから今ここにいる僕と君だってほんとは
はじめましてかもしれない。
あ、だから そうだ
はじめまして この世界の僕です。」

そう言うと握手を求めるように
彼は 手を伸ばした。
この数ヶ月で 男の人みたいな手になったんだなぁなんてぼんやりと思った。

私は 制服のポケットから
ぶどう味の飴を取り出して その手に 押し込んだ。

彼は それを見ると
残念そうな顔をして いらない と私に返した。

「飴は ぶどうが 一番美味しいね」って
言ってたのに。
名前札の裏から
100円玉を 取り出す姿を思い出した。

「緊急時に電話出来るように
ママがくれたんだけど
今 しあわせになりたい
緊急時だから 仕方ないね」って
テストで 悪い点を取るたび
駄菓子屋で飴を買っていた彼を思い出した。

三話

効かない魔法が 増えていく事が
大人になる事なら
大人になんてなりたくないなぁ。

どうして人は 考えずに 生きれないんだろう。
何も考えてない時の方が しあわせだったと
思った。 

力なく隣のブランコに腰掛けると 彼は 呟いた。

「現実を見なさいってママは 言うんだ。
今を 楽しんじゃダメなんだって。
将来の為に 頑張らなくちゃいけないんだって。
頑張って頑張って 無理して行くところなんて
ずっと無理してなきゃいけないから
行きたくないなぁって思うけど
それが幸せへの近道なんだってさ。
別に近道なんてしなくていいのに。
そう言うと何にもわかってないんだから!って怒られてさ。
分かんないよ。
分かってたはずの事も分かんなくなるし
分かんない事ばっかり増えてくよ。
やっぱり僕は 馬鹿なんだよ。
馬鹿は 幸せになれないの?
馬鹿のままの僕で 生きてちゃ駄目なら
誰か失格。って言って
頭の良い僕と入れ替えてくれたらいいのに。
そしたらママも幸せになれるし
僕も僕のままで いられるのに。」

四話

小さく揺られていたブランコを止めて
私は 考えた。
だけど
彼と話せる言葉が無いような気がした。
私の知ってる彼は
本当にパラレルワールドの人で
違うところに行っちゃったんじゃないかと思った。

「ごめん。分からないけど
これ以上聞いてると頭が おかしくなりそう。
今の私達に 出来る事なんて きっと無いから
今は お母さんに従うしか無いんじゃない?
そんな事 考えてるより
ずっと健康的だと思うよ。
学校にも行ってないし
そんな事してる場合じゃないと思う。」

正直な気持ちを 話した。
いや、それが無難だと思う事を 言った。
先生が言うような 正しい事を。
でも
本当は
彼の逃げ道を 無くしてしまうのが
怖くて 曖昧に頷き続けている事に

私の限界が きてしまった。

彼の言葉を 待つのが怖いと思ったのは
初めてだった。
俯いたままの彼は
「そっか。」と 言うと
力なく立ち上がり
トボトボと 背を向けた。

五話

それから彼は
ちゃんと学校に来るようになって
人が 変わったみたいに
休み時間も
勉強ばっかりしているという話を
彼のクラスの女の子から聞いた。

私は彼と それ以来話もしていないし
廊下ですれ違っても 本当の他人のように
目も合わせなくなった。

かくれんぼをして人のお家の屋根に登って
怒られていた彼も
バッタ王国を作る。と言って
帰り道で
バッタを捕まえては 宝物みたいに掌で包んでいた彼も
本当に全部消えてしまった。
あの日
彼は 死にそうだったんだ。心が。
だから
パラレルワールドに行って違う彼をここに連れてきたんだ。
そう思った。

私は
彼の最後の手綱を離してしまった。
だから
私の知ってる 彼はもういなくなった。

六話

「もし今が
死ぬ寸前に戻りたいと思った過去に
戻ってきた今 だとしたらどうする?」

あの日の彼の言葉を
私は 何度も思い出した。

もしも
本当にそうだとしたら
あの日の私は また 彼の求める事を
言えなかった私のままだったのだろうか。
それとも 何も言えずに
後悔して戻ってきたのだろうか。
どんな道を選んでも後悔するように
出来てる人生なら いらない。
だから
死ぬ間際に どんな事を思い出そうと
私は 決して戻りたくなんてない。
パラレルワールドなんて無いし
どんな自分も自分なんだ。
そう思った。
だけど それを伝える事は もう出来ない。
そして
その答えを探している彼は もういない。

僕編

「メガネのやつと一緒にいると
俺まで弱く見られるからさ
もう話しかけないでよ。俺も話しかけないからさ。友達しゅーりょー。」

無理矢理手を取り
指切りを させられた。
仲良しだった友達の態度が
急に変わった。中学に入った頃。
それ以来
彼は クラスの人気者達のまわりで
大げさに笑ったり ふざけたりしていた。
それは どこか芝居じみていて
台本の決まったバラエティをずっと見せられてる気分で みんなうるさかった。
足が重くなるという事が本当にあることを知った。
僕は それからしばらく学校へ行かなかった。
公園で
純粋に楽しかった頃を 思い出していた。
どこで間違えたんだろう。
どうして戻れないんだろう。
時間が進んでも
成長するばかりじゃなくなった。

二話

近所に住む
幼馴染の女の子は 学校の帰りに
この公園に必ず来た。
どうして学校に来ないの?とも
学校でなんか嫌なことあったの?とも
聞かずに
ただぼんやりブランコに腰掛け
夕日が沈んでいくのを眺めながら
僕の話を聞いてくれた。

ある日
ブランコに揺られながら
僕は どうやって今 ここに来たのだろうと思った。
あんなに楽しかった事も 悲しかった事も
全部
ただ夕日が沈んで行くのを眺めてるだけの今に繋がってるなんて虚しく思えた。
だから
過去からじゃなく未来から
ここに来たくてきた今なんだって思いたかった。

「もし今が死ぬ寸前に戻りたいと思った
過去に戻ってきた今だとしたらどうする?」

そう彼女に聞いた。いつものように。
だけど彼女は いつものように
柔らかい言葉を、返してはくれなかった。
言い淀むような表情をしてるかと思うと
「そんな事してる場合じゃないと思う。」と一息に言いきった。

三話

僕の本当の言葉は
彼女に とってみれば “そんな事”だった。
彼女も周りのみんなと同じで変わったんだと思った。いや
僕の知ってる彼女は
都合の良い幻想だったんだ。

だったら僕も幻想になろうと思った。
ママや彼女が求める僕になればいいと思った。
何も考えず何も感じずに
言われるまま淡々とこなして。
それは
ぼくをぼくにしてくれるはずだし
その方がママも彼女も幸せだ。
ぼくの本当なんてこれっぽっちも役に立たない。人を困らせるだけのものだ。

そう気づいてから
僕は ただただ
ママに言われるままに 勉強をした。
正解が 決まっているものは
何も考えなくていいから楽だ。

クラスの人達は
自分達のヒエラルキー構造を守るのに必死で
そこからドロップアウトした人間にまで
興味が回らないようだった。

時々
囁くような嘲笑や視線を感じるくらいのもので
ことさら大げさにいじめられるわけでもなく
僕は クラスの風景と化した。

四話

勉強の甲斐もあって成績は上がった。
でも
学年一位になれるほどの器量も無く
今に見てろなんて思う悔しさも無く
全て どうでもよかった。
それなりに 出来ている人であれば良かった。
ママは 上がった成績を見て
それまでのようにしつこく勉強しなさいという事もなくなったし
それなりに安心してしているようだった。
平凡だ。と思った。
それなりに頑張る事をずっと
続けていく事でやっと平凡な人生を送れる。
それ以上でも以下でも無く。
そもそも
人生に 優劣など無いはずだったのに。
どうだろう。僕の人生は。
誰かからみて
平凡な基準値を辿っていく事が
ママの言う”幸せ”なんだろうか。
それで幸せになるのはいったい誰なんだろう。
みんなは誰の幸せのために生きているんだろう。
僕の幸せはなんだろう。
幸せだった時はいつだろう。
わからない。やっぱりわからない
どんなに勉強をして賢くなったつもりでも
やっぱり馬鹿は馬鹿のままなんだ

五話

そもそも
幸せになろうとする事自体が不幸せな気がする。
そんなもの言葉で確認しようとする事自体不毛なんだ。
そう思い出すと
途端に色んなことに疲れた。
幸せになる為に人生なんて続かなくて良い。
幸せ教いや幸せ狂の奴等に巻き込まれて生きるのはまっぴらだ。
勝手に幸せになってろ!
押し付けるな。
みんな勝手に生きやがって
あんたらから見えてる自分を生きる為に僕を生きてるわけじゃない!

見るな触るな話しかけるな。ゼーイン消えちまえ!

その夜僕は家を出た。
誰も僕を知らないところに行きたかった。
着の身着のままで
勿論お金もなくて
ただひたすらに歩いて結局いつもの公園にたどり着いてしまった。
小さくブランコに揺られると 夏が近づく匂いがした。

六話

懐かしいと思った。
ちょうど2年前もこんな季節でずっとここにいたんだ。
思い出した。彼女の事も。
あの時なんで彼女は僕の話を聞いてくれたんだろう。
僕は 彼女の話を何も知らない。
それが今更恥ずかしくなった。
頷くことで彼女が伝えようとしていた物はなんだったのだろう。
僕は彼女の本当を受け取ることができなかったんじゃないかと 思った。
ぼんやりとしか思い出せない。
仕草も表情も。
思い出そうとするほど作られて
本当から離れていく気がした。
あの時はあの時にしか本当は無くて
今は今にしか本当は無いのだとしたら

ちゃんと受けとめればよかった。

消えていくんだ。
今は 今しかないんだ。
塗り替えれるなら塗り替えたい。
今からには きっとそれができる力があるはずだ。
幸せになる為に人生は続くなら。

会いたい。彼女に。

私編

一話

「お前さそういうとこあるよな」

一年半付き合った恋人は 言った。

「なんつうか
言わなくていいことってあるじゃん。
自分の気持ち全部話さなきゃ気が済まないの?受け止める方もさ
そんなに強い人ばかりじゃないってわかってる?」
そう言うと
ため息をつきながら彼は タバコに火を付けた。
ゆらゆらと
消えていく煙の行方を眺めた。
だって
これから先じゃ
伝えられない事が あるじゃない。と思った。
伝えすぎたら届かない。
どうしてこんなにも人と人は違うのだろう。

消えてしまった煙の向こうでは
夕焼けが 赤く彼の指先へ伸びていた。
燃え残った灰を消すように
馴れた手つきで 私達は 終わった


二話

テーブルの上に合鍵が置かれる音がして
錆びた玄関のドアが開く
擦れた靴音が遠くなるのを
うずくまったまま 聞いていた。
もうその音が聞こえる事は無いんだ。

「なんでわかったの?」と驚いた顔が
浮かんだ。
彼がドアを開く前に 飛び出していった頃を思った。

その足音ですぐにわかった。
最後はいつだったんだろう。
わかっていたなら
もっと心に刻んでいただろうか。
どうして
鮮明な記憶は 失った時ほど鋭い。
急に迷子になったような気がした。
どうしよう。
この部屋は 彼の存在でいっぱいだ。

三話

引っ越しをしようと思った。
ここに暮らしてはいけないと思った。
時間は 勝手に進んでくれるものと思っていたけれど
本当は いつもちょっとの勇気が必要だ。
自分の時間を 進める為には。

まだ思い出になれそうもないもの達に
無理やり蓋をしていく。

考えない。という事は
人に与えられた課題なのかもしれない。

私は ただ淡々と 荷物の整理をするように心掛けた。
考えない、思い出さない。
考えない、思い出さない。
考えない、思い出さない。

そう思うほどに
勝手に涙は 溢れ出てきて
私は 海に沈んだ。
心に嘘はつけないんだ。

最終回

泣き疲れた私は
気づけば 眠りの中にいた。

「幸せは ため息に似てるって思うんだ。
だってさ
言葉に出来ないときに 溢れるでしょ。」

夢の中の私は 小学生に戻っていて
あの頃いつも隣にいたあの子が
笑いながら そんな事を言った。

「今 気づいたんだ。幸せだなぁって。
でもさ 僕馬鹿だから言葉じゃ説明できなくてさ。
だから僕ら今一緒にいるのかもしれないね。
言葉になんてしなくても良いように。
あ、歴史的大発見だよ。」

小学生の頃 あの子の口癖だった。
歴史的大発見。
それを聞くの好きだったな。
馬鹿げてて 可笑しくて
でもどこかワクワクして。

「もし今が
死ぬ寸前に戻りたいと思った過去に
戻ってきた今 だとしたらどうする?」

夢の中の私は あの子にそう聞いていた。

「えっと、うーん。
もしもそうなら
今 一緒にいるこの時間が 僕の... 」




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