あの頃の丁寧なファンタジー小説が楽しめる<アブーバースの妖石術師> レビュー

ファンタジー小説『アブーバースの妖石術師』を読了。
kindle unlimitedで読み始めたが、かなり良かったので途中でunlimitedで借りたのは利用停止してkindleで買い直した。
少し前にも読んでいる途中としての軽いレビューを書いたが、今回は読了後の感想を書いてみたい。
ネタバレはこれから読む人達の楽しみを奪う行為なので、ネタバレしないようきちんと配慮している。

発端は作者黒崎江治さんのあられもない心情吐露のnote記事だった。

この作品も同じ作者の別作品同様にカクヨムというサイトで公開されていたようだが、あまり評価されなかったらしい。
そのため今年三月にkindle書籍として自己出版したようだが、今のところ手ごたえが無いとの事。

私も作者の怒りを買うのを覚悟で読む前の印象を書くと、

・本当に良い小説ならカクヨムとかの無料で読めるサイトでそれなりに評価を受けるのでは?
・作者の自己評価が高いだけの作品なのでは?
・作者は「書籍化に耐えうる」と言っているが、文章もおそらく中学生高校生でも書けるような安易で稚拙な描写なんだろう

という感じだった。
その状態で「unlimited会員なら追加の金がかからないので冷やかし程度に読んでみるかな。つまらなかったら途中で読むのやめよう。」と思って読み出した。
今思うと作者に対して地面に頭をこすりつけながら「かなり良かったです。本当にすいませんでした。」と土下座したくなるほど失礼な考えで今作を読み出したわけだ。

私はおひとよしではないので駄目だったらもう途中で読むのをやめるし、まぁまぁの出来でも読み終えていちいち自分の時間を削ってこのようなレビューを書くような人間ではない。
しかし本作を読み終えた後は、「この作品は一人でも多くの人に読んで欲しい。丁寧に作られた良質なファンタジー作品だ」と思い、このレビューを書こうと思った。

あまり「この作品すごいよ!!」とか言いすぎると逆にハードルを上げすぎてこれから読む人達の印象に悪い影響を与えてしまう。
だからもしこれから読む人も「そこまで期待しないで読んでみる」という軽い気持ちでkindle unlimitedで読まれたり、値段も安いのでunlimited会員でない方もファンタジー小説が好きな方なら買って読んでみてはどうかと思う。

本作の舞台はアラビアの世界を模した物となっているが、通常のファンタジー作品同様にとっつきが良かった。
世界観の描写が巧みで濃厚。良質なファンタジー作品なら体験できる「自分がその世界の一員になっているかのよう」な臨場感があって凄い良かった。
おそらく今作を書くにあたって、作者の黒崎さんはアラビア関係の資料をたっぷり読み込んだり、映像なども色々観た上で、まるで織物を編んでいくがごとく時間をかけて文章を丁寧に考えていったように感じられる。

情景描写が巧みであっても、そもそもキャラクター達の描写やストーリーも良くないと結局は読者は作品に引き込まれない。
しかしそれらの点もまったく問題無く、キャラクターの心情や言動に引き込まれ、また語られていくストーリーにも引き込まれていった。

小説を最後まで読み終えた時にはすっかりこの作品に魅了され、また内容的に一区切りついたけど今後シリーズ化もできそうな終え方になっていたので、続刊が出たら是非買い続けたいと思うようになった。

以前の読んでいる最中のレビューでも書いたように、本作は私が中高生の頃にどっぷりとはまっていた名作時代のアルスラーン戦記や風の大陸、冴木忍さんの数々の名作やその他を読んでいるかのような、本格ファンタジーの良質作品と同じような読み心地だった。
おかげで私自身は今作を読みながら中高生時代の事を色々思い出し、なんとも懐かしい気持ちにもなれた。

少し脱線するが、冴木忍さんと言えば彼女の作品はいずれも良作なので是非過去作品をどんどんkindleで出してもっと多くの人に読んで欲しい。
卵王子カイルロッドの苦難、風の歌星の道、道士リジィオ、メルヴィ&カシム、その他名作が未だにkindle化されていないのはもったいない。
今読んでも全然色褪せる事ない不朽の名作と言える。
今はもちろん何十年後、もっと先の未来の人達も彼女の作品のキャラクター達に魅了され、またストーリーに心打たれて楽しみ続けるだろう。

このアブーバースの妖石術師はシリーズ化を考えて作られていて、今作だけでもきちんと物語が終わってはいるものの、今後続刊が少しずつ出ていくにつれて冴木忍さんの名作同様に人気を獲得していく良質ファンタジー作品になりえると思えた。
本レビューを読んで慢心する事なく、作者の黒崎さんにはこれからも丁寧に物語を作っていって欲しい。
もちろん本シリーズ以外の作品も楽しみにしている。

昨今のなろう系小説はエンターテイメントの基礎である「読者を楽しませる」という事に特化してより刺激的、短期間で気持ち良くさせる事を連続するという構造になっている。
そういうのも私は全然ありだと思っているが、それとはまた異なる今作のような読んでいてじんわりと心に沁み込んでいく世界観や愛すべきキャラクター達、その彼らが辿っていく物語が楽しめる良質なファンタジー作品もやはりもっと注目されて欲しいと思う。
おそらく黒崎さん以外にもこういう作品を頑張って出し続けている人達はいるだろう。

本レビューで興味を持たれた方は、まずは上でも紹介した作者さんのnoteの記事を読まれてから、読む前のハードルを上げすぎないようにしつつ今作を読んでみて欲しい。

作品の創作はユーザーが思う以上に多大なエネルギーを使う。
本レビューは作者の黒崎さんに「よし、これからも頑張るぞ!」と何らかのエネルギーを与える事になれば幸いだ。

この作品を読んで「良かった。もっと多くの人に読んで欲しい」と思った人は、私同様に書評を書いたり、アマゾンでレビュー文を投稿されてはと思う。
私自身はアマゾンの方にレビューを書くと私のアカウントがバレるのでこちらでレビューを書いた。

作者のnoteの記事にはアマゾンリンクも貼られているようなので、そのリンクを踏んでから何か商品を買うとアマゾンのアフィリエイト広告料で多少は作者を応援できると思う。