夢野久作『氷の涯』と『少女地獄』の感想を書く

夢野久作とはドグラマグラを読んでから距離を置いてたけど、たまたま『氷の涯』という作品があることを知ったので読んでみた。

ちなみに知った理由はエロゲである。『僕は天使じゃないよ』という2005年発売のエロゲがあり、この作品に出てくる柘榴というキャラクターのエピソードのサブタイトルが『氷の涯』となっている。どうやら夢野久作の作品がその元ネタらしい(ネットの感想記事で元ネタだと知っただけで作者とかが言ってたわけではない、なので本当に元ネタかどうかは知らない、まぁ描写が非常に近いしタイトルも一緒なので十中八九元ネタだと思うけど)。

『僕は天使じゃないよ』の方も結構強烈な作品でブログで書きたいと思ってはいるけど、今回は夢野久作の方の話をしたいと思う。

夢野久作の『氷の涯』が収録されている本はいくつかあるらしいのだが、今回は以下の本を買った。



収録されている作品は『死後の恋』、『瓶詰の地獄』、『氷の涯』、『少女地獄』の4作品。ただし『少女地獄』に関してはちょっと変わった女の子を書くという同じコンセプトの別々の話が3つ掲載されているので実際は6作品となる。

夢野久作の作品にありがちだけど、どの作品もミステリ要素が比較的多い。純文学と呼ばれる作品群はそこまでミステリ要素が強くない作品が多い印象にあるけど夢野久作は自分が読んだ作品で言うとほとんど読んでいるうちに何かしらを考えさせる工夫が凝らされていると思う。

人によるので一概に言えるのかはわからないけど個人的にはミステリ要素が作品に内包されているだけでどんどん読んでいきたくなる気持ちになる。芥川とかそういう純粋なテーマ性だけ提示してくる作品も好きだけど、やっぱりちょっと足が遠のいてしまいなかなか読む気になれない。ただミステリ要素があるだけでそれなりに続きが読みたくなる気持ちが働く。

大衆文芸の読みやすさと純文学の味わいの折衷をうまいこと成し遂げてるのが夢野久作なのかもしれない。そういった部分は夢野久作のすごいところだと思う。ドグラマグラですら途中からミステリー要素入ってくると面白くなってくるしミステリ要素があると続きを読みたくなるという感情は結構一般的なものなのかも。

まぁドグラマグラは結局よくわからないけど…ただドグラマグラも推理すると意味が分かるという話もあるらしいので一応ミステリ作品なのかもしれない。彼の作品をいくつか見た上で感じるけど、夢野久作のミステリー作成能力は非常に高いと思う。

閑話休題、ちょっと話がそれてしまったけど今回は上記の作品集の中で特に印象に残った話の感想をそれぞれ書いていきたいと思う。


『氷の涯』の感想

ハルビンに兵士として駐留している日本人の男、上村の話。ざっくり分けるとこの話は前半と後半の2パートに分けられると思う(この分け方だとページ数的には前半の方が多いと思うけど)。

前半は上村がハルビンで陰謀に巻き込まれるまで、後半が陰謀に巻き込まれ嫌疑をかけられた後に逃げ回る話となる。

前半は推理好きの上村が軍の中で起こる様々な出来事を推理して、何気ないことから何かしら事情を知っている者なのではないかと思われてしまい最終的には嫌疑をかけられてしまうという話。

事の始まりは星黒というちょっと階級の高い兵士が通訳の十梨とともに金を持って逃走したという事件から始まり、主人公の上村はちょっとしたことからその事件を推理していく。

その途中の推理の過程が非常に面白い。上村はサボテンの花壇が実は暗号になっていることをたまたま気付いてしまいロシアの内通者であるニーナに目を付けられてしまう。こういう陰謀に巻き込まれていく感じが非常に好み。

細かい部分は省くが、結局上村はロシア人のニーナと逃走することになる。後半は完全にロマン。全てを捨て女の子と2人して逃避行というのは完全にロマンだし好きと言わざるを得ない。

最終的にこの2人は死ぬことを選ぶけど、その死に方も非常に美しい。ソリでルスキー島まで行って氷の海をどこまでもわたっていくという自死の仕方を選択する。その後、この2人がどうなったかは語られないけどとてもきれいな終わり方だと思う。

ただミステリ作品として見たときに色々と邪推してしまう点がある。それはこの話が全編に渡り主人公である上村が日本にいる家族に送った手紙という形式になっているということから生じる。

全部読んだうえで感じるのは上村が書いたことは「本当に全て正しいのだろうか?」ということである。つまり上村は信用できない語り手で、事実をありのままに書いていないのではということだ。

というのも上村の行動には結構不審な点がある。ハルビンにいるときにいろいろな場所を散歩をしていたりと何となく不審な行動が多いように思える。

この話は上村が何らかの理由により事実をごまかして書いている可能性があるんじゃないだろうか。そういった裏の文脈で読むことも可能な気がする。

邪推のし過ぎなのかもしれないけど今度読むときはそういった点にも注目して読んでみると面白いかもしれない。


『少女地獄』の『何んでもない』の感想

病院開業直前の医者のもとに純朴そうな19歳の女の子の姫草ユリ子が職を求めて訪ねて来るところから始まる話。

この姫草ユリ子という人間は人当たりも仕事ぶりも素晴らしく病院の看板娘となっていく。しかし実は裏の顔があり狂気的なまでに嘘つきだということがわかっていくというのが『何んでもない』という話。

この話の面白いところは彼女が嘘つきなんだけど完全な悪人とはいいがたいところ。もちろん悪いことをしているんだけど嘘をつくということにとらわれ過ぎている彼女が憐れにも思えてくる。

というのも姫草ユリ子は自分が得をしたり誰かを貶めるために嘘をつくのではなく、嘘をつくというスリルにとらわれている。そのため自分のメリットにもならないしょうもない嘘を平気でついたりする。

そしてその嘘の巧妙さが凄まじい。わざわざ活弁士を雇って台本作ってまで電話かけさせたりとか、自分の金を使って実家から送られてきた酒だと偽装したりと非常に手が込んでいる。

仕事の能力は凄いのにその能力を嘘をつくことに費やすという才能の無駄遣い感が非常に面白いしもの悲しい。実際にこういう感じの人いるかもしれないとちょっと思わせてくるような夢野久作の筆致もすごいと思う。

姫草ユリ子は漫画に出てきそうなくらい戯画化された存在なので非常に印象に残った。小説だと印象に残る描写やセリフはあるけどキャラクターでここまで印象に残ったのは姫草ユリ子と『春琴抄』の春琴くらいかもしれない。

それくらい強烈なキャラクターなので興味がある人は読んでみることをおススメする。


まとめ

夢野久作は『ドグラ・マグラ』だけやたらと有名なので、多くの人はそれを読んでるだけ、もしくは読み切れず挫折しているだけで他の作品を読んでいる人は意外と少ないんじゃないだろうか。

読んでみると夢野久作は古典作家の中でも読みやすい方だし魅力を感じやすい作家だと思うのでおススメだと思う。

世間だと「夢野久作=ドグラマグラ」という風潮が強い気がするのでそういう風潮が変わって彼のいろんな作品が読まれて欲しいと思う。特に『氷の涯』は素晴らしいので是非読んで欲しい。ドグラマグラだけで埋もれさせるのは惜しい作家(もちろんドグラマグラも凄いと思うけど)。

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