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夏目漱石『こころ』の感想

夏目漱石の『こころ』を読んだので感想を書いていこうと思う。ちなみに自分が高校生の時、教科書にこの小説の一部が採用されておりその部分だけは読んだことがある。たぶん長いこと採用され続けているので読んだことがある人も多いだろう。

教科書に採用されている部分は主に後半の部分で、その部分が小説としても重要な個所ではあるが、すべて通して読んでみるとまた読み味が変わってくるとも思う。細かい箇所を忘れているというのもあり新鮮な面白さがあった。

一番意外だったのはKの経歴である。最後に自殺したのは覚えていたけど養家の医者になってほしいという想いを突っぱねて無視する意志の強さが世捨て人風でそんな浮世離れしていたんだなという再発見があった。そこまで意志が強いのであれば恋程度で悩まない気もするけどやはり眼前に女が迫ってくるとそんな意志の強さも吹き飛ぶのかもしれない。

この小説は先生の視点から描かれているため、もしかするとKの意志の強さというのも先生がそう解釈しているだけで、客観的に見るとそうでもない点があるという風に夏目漱石が想定して書いている面もあるのかもしれない。医者にならないと断るのも手紙だし、ごまかし続けるのではなくもっと早く伝える手段もあっただろう。それにもかかわらず引き延ばしたりしていたわけで、お嬢さんを好きになる前もKはそこまで禁欲生活に徹しきれていない面もある気がする。先生視点で書かれた手紙を元にKの性質が描かれているため、贖罪意識からKを過剰に強い人として認識してしまっているように描いているのかもしれない(そう漱石が想定して書いているのかもしれないということ)。

この小説を読んで自分が思ったこととしてはやっぱり先生の奥さん(お嬢さん)が可哀そうだということである。先生も過去のことを話せばいいのに、それをできずに自殺するというのは勝手すぎる。

p317の「自分が最も信愛しているたった一人の人間すら、自分を理解していないのかと思うと、悲しかったのです。」という一文がこの小説の大きなポイントだと思う。

p318においてKもまた同じような気持ちだったのではないかと先生が思うシーンがあり、そこが大きな要因となって先生もまた自殺してしまう。K自身も唯一の理解者だと思っていた先生が自分のことを理解してくれないと感じたから孤独感が芽生え自殺したという先生の仮説である。K自身がなぜ死んだのかその真相はわからないけど、確かにこれが原因なのかもしれないし小説の中ではそれが重要な原因であるという風に提示しているようにも見える。

自分としては先生の自殺も自分の妻のことをわかっていない行動なんじゃないかと思う。

この話の続きを書くなら、おそらく先生の妻もまた先生と同じようなp317にあったような孤独な気持ちを抱き自殺するという結末がしっくりくると思う。先生の妻の立場からすると自殺をされるよりも生きてすべてを打ち明けてもらった方が絶対に良かったはずだ。奥さんの良き思い出を汚したくないという気持ちから言わなかったと小説内では説明されていたけど、奥さんのことを考えるなら伝えて自殺を踏みとどまった方が良かったんじゃないかと思う。先生自身も奥さんのことがわかっていないし、奥さん自身も先生やKと同じような孤独感を感じることが予期されるだろう。

結局先生は奥さんの思い出を汚したくないだとかKへの贖罪だとか、様々な理由を見繕っていたけど、究極的には過去の行為を告白したくないだけなんじゃないかと思う。結局は先生が書いた文章なので正直に告白していたとしても、自殺の理由については言い訳がましく思えてしまう。奥さんのことを考えるのであれば過去の行為を告白しろよと思ってしまう。

でも小説としてはだからこそ人同士のわかり合えないすれ違いが生まれていて面白いとは思う。恋愛劇でここまで様々な解釈が考えられる作品ってあまりないと思うのでこの精緻さは見事。また読み直すと再発見がありそうなので漱石の他の作品を読み漁ったらまた読んでみようかなと思う。

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