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神山でつなぐ藍の活動 ネパールに魅了された佐條さん夫妻【my life-私はこの道を見つけた-】

 「藍を通じてネパールとのつながりを生み、お互いに暮らしや取り組みを1つずつ学んでいきたい」。佐條好輝さん(44)、静花さん(27)夫妻は徳島県神山町の山の中で暮らし、藍の栽培から藍染まで取り組みながら、ネパールに藍染を根付かせる活動を進めている。居宅や農園を小さな藍の村を意味する「Little Indigo village」と名付け、自然が近くにあるネパールの暮らしを自ら実践。衣食住を中心とした山の中での暮らしを大切にし、興味がある人らの訪問も受け入れ、ネパールの魅力を伝えている。

 2人ともネパールの暮らしや食に魅了された。徳島市出身の好輝さんは、知人を通してネパールに藍を植える民間プロジェクト「AIueO 藍植えよう。」を知り、協力するように頼まれて2016年、現地の村の様子を見るため訪れた。「AIueO」は、15年に起きたネパール大震災の被災地支援へ、徳島県内外の有志が被害を受けた村に藍染を伝え、現金収入の確保につなげてもらおうと始めた活動だ。

ネパールで蒅づくりをする好輝さん(中央、提供写真)

 美容師をしていた好輝さんはそこで触れた暮らしに感銘を受ける。「現金収入こそないものの、自分たちで食べ物を作って暮らしていた。食べ物の距離が全て近く健全で、健康的なものを食べて、みんな元気に過ごしていた」。今の日本ではありえない光景だった。

 「日本人は田舎に仕事がないと言っているけど、山には植林された木が放置されたままになっているとか問題がいっぱい。山が豊かになると川や海も豊かになるというつながりがあり、ネパールの暮らしからそう感じた。こっちでもやりたい」と好輝さん。ネパールの村で藍染の染料となる蒅作りなどをしながら、日本でもネパールで感じた「村」をアウトプットできたらと考えた。それが神山での暮らし。18年から神山に住み始めた。

徳島県神山町に構える「Little Indigo village」


 一方、兵庫県出身の静花さんは19、20歳の頃、当時働いていた会社でネパールと関わりを持つようになる。ソーラーパネルを設置した学校を、大震災で被災した現地に贈る事業に携わった。担当して1年ほど経つと、ネパールに行きたいという思いが募りに募り、国際ボランティアNGO「NICE」の活動で6カ月渡航。すると、ホームスティ先での食事に衝撃を受けた。家族はベジタリアンで、動物性の食べ物が体質的に合わず苦しんでいた静花さんは生活がすんなりとなじんだ。それまで外食などで他の人と一緒に食事をする際に「人との距離感」を自分が感じていたことにも気付いた。

NICEの活動に参加し、ネパールの村で保育園の先生として子ども
たちと交流していた静花さん(後列の左から3人目、提供写真)

 しかしネパールで住みたいと思っても、自分で稼いでいく力がないと住み続けられない現実も痛感。そんな時、神山での好輝さんの活動を知る。友人のライブが「Little Indigo village」で開かれたのがきっかけで訪れ、ここなら自分のやりたいことができると思った。「目に見えるものだけじゃなくて、自然の中で自分が感じる部分も、どんどん生活で表現していきたい。ご縁で友達のライブがここであって、嫁いじゃおうと」と笑う。結婚を機に22年に東京から移住してきた。

 2人がネパールで過ごした村は異なるが、お互いに引かれたのは日本でも昔していた暮らし方だった。神山でも、かまどで木を燃やして湯を沸かし、料理を作る。炭を焼き、食べる野菜は自分たちで育てる。

藍を植え、育てる

 藍を植え、育て、蒅をつくり、染めるまで手作業で行い、藍染のマスクや子ども用の法被などを販売する。神山に来るまで藍のことは全然知らなかったと話す静花さん。興味があっても、そこまで知れる機会がなかった。「藍の良さを伝えたい。防虫や抗菌の効果があり、何世代でもつなぐことができる」と魅力を語る。

 たくさんの動物たちも一緒に暮らしている。好輝さんは「ニワトリ、犬、猫、ヤギ、みんな違う。多様性というか、いろんな角度から物事が見え、みんなそれぞれに役割があって共に生きている。なんか心地良い」と話す。

 「Little Indigo village」ではイベントも随時開いており、来た人が、ネパールに行ったことがなくとも「ネパールに来たみたい」と言ってくれることが多い。行きたくても行けない、知りたくても知れない世界が多いが、ここではネパールのコーヒーを飲んだり、ダルバート(ネパールの国民食)を食べたりと、ネパールのことを少しでも知り、感じることができる。静花さんは「まだネパールに行けていないけど、その暮らしをしてみたいっていう人が一緒に体験できる、そんな場所でもあってほしい」と願う。

 そして一緒に住みたいと言ってくれるネパールの人もいる。「そのためにも、自分たちにちゃんと神山の暮らしを続けていける力がないといけない。藍が作れ、色が出せ、染めて製品になり、販売するというサイクルができ、最終はネパールの子たちが『Little Indigo village』に来て藍を学ぶことができる形をつくっていきたい」と、2人は未来を見据える。