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「短編コント」 古葉野次の糞尿譚

 ソ、ソ、ソクラテスか


 1. 日本は世界の田舎者か、モノマネばかり

「おかしいな」

 古葉野次こばやじ秀雄はさきほどから得意のフランス語を活かして、大好きな伊藤園のこぶ茶を飲みながら、フランス事典をそこはかとなく読みふけっていた

 フランス語にこぶ茶はミスマッチじゃない
そういわれても、その頃から本人には日本人のこころと西洋のこころが漫然と、和とかしていた

「それにしても」、とつづけて
古代ギリシアにはソクラテス、プラトン初め偉大な人がいたのに、現在では同じギリシア人なのに優れた人が紹介されないのが不思議だった
古代ローマ、ルネサンス、ヨーロッパ、アメリカと世界の覇権を握った国々が、なぜか優れた人が多く紹介され、そのほかの国の偉人は紹介されなくても、なんら故障なく、先生や年輩の人は彼らの引用を垂れてわれわれに訓辞していたものだった

 素直な若いおれたちは別に反抗するわけもなく、彼らみずから先進国と名乗っているヨーロッパ、アメリカの文化芸術を学んで先生や芸術家になれたらいいなあと思っていた
なんら不便も不愉快もなく、人生を送っていけるようだった


 ところでいま、
フランス語のアルマナックや百科事典を折衷したようなかなり大きなこの事典が読んでいたら、ふと文学の各国事情にエチオピアの文学や作家が載っていた
さすがフランスはアフリカに近いから、関心があるんだなと思った

 そこでジャポンに目を通すと、文学史も有名作家も、エチオピアの半分も紹介されていない
あれっ、
最近ではフランスでもジャポンは人気があるって思ったし、経済大国だし、ノーベル賞作家もいるのになあ

 だいいちわれわれジャポン人は、エチオピアといえば、昔のマラソンランナーのアベベとか地名のアディスアベバしか思い浮かばない
しかも何語で話しているのかもわからないし、国民は黄色なの黒人なのと思うしまつ
そんな彼らなのに、なぜ

 単なるフランスからの距離間だけだろうか、われわれジャポン人の認識の浅さだろうか


( またわれわれが当然知っている、古代からの中国文学事情。最近では、現代文学が紹介され、三国志や西遊記などの古典も英語翻訳が書店でも見られ、老子や孔子などはフランス語やイタリア語でも見られるようになった。
 でも他は紹介されている感じでもない。われわれ日本人でも当然知っている李白とか杜甫、史記なんて読んだこともなければ、聞いたことがないかもしれない。

 外国書籍の書店にないからといって、探せばあるのか、もしかしてヨーロッパやアメリカの本屋には中国文学が並んでいるとも考えられない。
 だからといって、日本人がこの人は優れているから読んでいていい、読んだらいいじゃないかと思っても、別に欧米人が知らなくてもなんら人生に不都合はなかっただろう。)


 仏陀を生んだインド、
たぶん現在も同じインド人だから優れた人がいるにちがいない
たぶんいるでしょう
でもわれわれがその人を知らなくても、いまこうやって元気に生きていけている

 それでもわれわれ日本人は現在、
先進国だと本人たちだけが豪語している欧米人の言葉や文学をパンパンと手をたたいて拝んでいれば、われわれ日本人にとって、なんのとどこおりなく不都合なしに日常生活を、また人生を楽しく送っていけるのだった

 むかし中国、いま欧米
ある人には、強いものに寄りそうコバンザメ的な事大主義、世渡り上手といわれ、またある人には、いつも時代のアンテナをはっていなければいけない、ともいわれている

 ソ、ソ、ソクラテスか、プラトンか
みんな悩んで大きくなったゾー
たぶん古くて、意味わかんない (と思う)
( YouTubeでソ、ソ、ソクラテスか、で検索したら、 なつかしい作家の野坂昭如が出ています、面白いよ)


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 2. いつのときも政治権力(パワーエリート)の第一歩は、言語の統一だった

 ほんとは日本で活躍しても、昨今では小説家はともかくおれみたいな文芸評論家は、海外では無名で終わる存在
いまフランス語の本を読みながら悦に入っていても、欧米人が日本語の本を読んで悦に入っているとも思えなかった
一応経済大国なのになあ
われわれがいにしえのペルシアだったイランを思い浮かぶ程度に、日本の文化や文学にも関心がもたれているのだろうか


 考えてみれば
じっさいおれが文壇に比較的早く登場できたのも、新人賞を取ったからとはいえ、東大卒で文壇にも先輩もいて、昔はまだ社会的地位が低かった文芸出版社の時代、ブランドを上げたい思惑もあったようだ
ハンディキャップをもらっていることはわかっていた

 いまのアイドル、芸人、有名人とその子どもたちが優遇されてデビューできるのに似て
新人賞がわの大人の事情で、話題性があるものを優先させて賞アップさせ、本もセールスアップしたい思惑が見えて、じっさいマンガや女性週刊誌を持たない出版社は死活問題だった

 文学賞で新人作家を発掘して助けるつもりが、いつの間にか出版社が助けられて、それも定期的に行われるので、すっかり審査員もあれやこれやでアウンの呼吸で応えるのだった


 そんな同じことが世界文学集にもかいま見えて、考えてみれば載っているのは世界の有名国の文学作品ばかり
戦前の文学は当時チカラが強かった欧米のフランス、ドイツ、イギリス、およびロシア中心
戦後からアメリカ、それにラテンアメリカ
他の国の本はよほど世界的ベストセラーにならなければ、紹介されない

 同じアジアの文学はすぐれていると思われているものでも欧米大国にしか興味ないのか、書店の隅にあるだけでもいい方で、かろうじて当地の日本事業を展開している会社から協賛してもらって、はじめて翻訳されていることが少なくなかった

 3. もの心つかない頃から政治力のある東京弁と英語を教育され、田舎者はあこがれて

 いったい、どういうモンだろうと古葉野次は思った
じぶんのことをタナに上げて、不可解に思った
文学は人類の遺産といいながら、文学の前では平等といいながら偏っている

 国内では
新人賞の前では自由で平等といいながら、出版社がわのお家の事情ばかりがうかがわれて、テレビ局の新採用が政治家や有名人の子どものオンパレードと批判できないぞ、ほんとに

 ちなみに先にいったように、海外の文学紹介では大国ばかりで

 だって話題性や大国に、みんなが興味があるのはしようがないじゃん、
といわれればそうだけど
それでいいのか、人類の遺産である文学はあらゆるところから、誰とはいわず見いだすのが使命ではないのか


 とは言ってもネ、ノーベル文学賞の審査員も世界中の言語がわかるはずもなく、欧米の強い国の言語で翻訳されてないと読まれないのも確かで、だからといって世界統一の言語ができればいいというわけでもなかった
政治の世界では意志ソツウのためにいいかもしれない

( 欧米の言葉に翻訳されなければ読まれないと言っても、国際ペンクラブに入って実務をこなし、いろいろ派手なパフォーマンスをやり、あるいは欧米、特に英米人と仲よくつき合って翻訳し翻訳され、フォローしフォローされて、ノーベル賞候補に上がるのもどうかなと思われた

 マーケティングの成果が出たね、とまわりのスタッフが得意がっても、なんだか本の内容よりも商売人みたい
人気があって本が売れ、視聴率があればいいから外国に紹介されるのもしかたなくて、

 でも優れて偉大なものは、意外にシンプルで地味なものだったりする
両親とか親しい友人みたいに、ふだんは気づかないのになくなって初めてわかるような、水や空気、大地みたいなもの


 どんな人もじぶんの宝ものを家の前に置いていないように、密かにしまって、優れて大切なものがワイワイ騒ぎながら人の前に出ていないのは、薄利多売の大衆社会といっても、誰でも感じているはずだった)


 そんな感じでイギリスのシェイクスピアを見てもわかるように、当時ラテン語が知識人の証しであったのに、世界の一方言である英語だからこそかえって、独自の国民性がよく見えるのはなんともはや皮肉だった

 日本人の心がわかればいいから、公用語を日本語から英語に変えようというものでもなかった
だからどんな思惑があったのか、戦後すぐに、
以前、他のアジア圏がアルファベット文字に変えたように、日本語も英語に変えようという案があったらしい


ヴォルテール(Voltaire)
 本名フランソワ=マリー・アルエ( François-Marie Arouet)




 そんなモンだから、後日、古葉野次はじぶんの思いを西田鬼太郎に伝えた
いまでは、すっかり鬼太郎さんにべったりの古葉野次だった

「先生、いったい文学の本質はどこに存在しますか、どのような人々の中に見られますか」

無頼漢やくざの中にもあるんじゃないのかな」

「私はそのような世界は好みません」

「ほら、目の前の庭先に虫けらがいるじゃろ、カレらの中にあるんじゃないかな」

「文学は芸術です、芸術は人間を知ることだと、スペインの岡本太郎といわれるピカソもいっています、虫けらとはちがいます」

「それから、糞尿の中にもある」

「 ーーー 」




 * この古葉野次秀雄の物語を書きながら、ふとこれはおもしろいんだろうか、大丈夫なんだろうかと不安になってくる。はたして好意的に読まれているのかどうか。もしご本人がまだ生きていて知ったら、「こら、フランス料理を食べに行こう」といわれるわけもなく、お得意の無視をされるのは承知でも、若い二十歳前のボクの学生時代を思いだし、ただあわい心地いい日々がのどかに共有されてくるのだった。




* 下記の動画は作家の野坂昭如さん、なにぶん古いので画像は許してね















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