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ブラオケ的名曲名盤紹介〜マニアックな世界へようこそ…〜 #1 梵鐘

名盤紹介として、是非ともご紹介したいマニアックな名盤がある。それは、1984年にSonyから発売された『梵鐘』というCDであり、様々なお寺の梵鐘の音を、ひたすら流し続けるというモノだ。梵鐘を打つ瞬間の音から、その余韻が消えていくまでの一連の流れをじっくりと家で聴けるというのは大変に素晴らしい。しかも、周囲の虫の鳴き声などの自然音も入っているため、臨場感も半端無い。家で臨場感を感じながら梵鐘の音に集中出来るというのは、これまでに無い発想であり、本CDの出版を決めた人は天才だと思う。なお、現在では、本CDは廃版となっており、ヤフオクなどでしか入手出来ない状態となっている。

さて、本CDには、下記お寺の梵鐘の音が録音されている。

1. 京都花園 妙心寺梵鐘
2. 大宰府 観世音寺梵鐘
3. 奈良 東大時大仏鐘(奈良太郎)
4. 福岡早良 西光寺梵鐘
5. 加古川 尾上神社(尾上の鐘)
6. 吉野山 金峯山寺(旧世尊寺鐘(吉野三郎))
7. 京都笠置 笠置寺(解脱鐘)
8. 愛知美浜 大御堂寺(野間大坊)梵鐘
9. 鎌倉 建長寺梵鐘
10. 鎌倉 円覚寺梵鐘
11. 横浜金沢 称名寺梵鐘
12. 神奈川伊勢原 霊山寺宝城坊(日向薬師)梵鐘
13. 大津 圓城寺(三井寺)梵鐘
14. 京都東山 方広寺
15. 京都東山 知恩院
16. 東京 浅草寺時の鐘
17. 京都花園 妙心寺梵鐘

中でも、私は妙心寺、東大寺、西光寺、円覚寺、霊山寺、方広寺、知恩院の梵鐘の響きが好きなので、ここでは、これらの梵鐘について一言添えたい。

妙心寺の梵鐘は、698年に作られたとされる日本最古の梵鐘とされる(口径0.86 m)。輪郭がはっきりとした響きである。打った直後の梵鐘全体の乱雑な響きから、徐々に一定の波長領域に向かって安定化していく様子が聴き取れ、その後、長い時間共鳴し続ける様が素晴らしい。ただ、音が消える前に次の一発を打ってしまう点が個人的には惜しいと感じてしまう。吉田兼好の徒然草にも記載されているほどの名鐘であり、この一発の響きが、1000年以上の歴史を見てきた梵鐘の響きと思うと大変趣深い。

 東大寺大仏鐘は、日本三大名鐘のひとつに数えられ、中世以前の梵鐘としては最大のものとされる。(高さ3.86 m、口径2.71 m、重量26.3 t)。サイズが大きいため、音程がかなり低く、残響も半端無く長い。しかも、その残響には、梵鐘が共鳴し続ける際の低音の響きが多く含まれ、とても心地良い。一方、撞木はケヤキ造りであり、長さ4.48 m、直径30 cm、重量180 kgもあるため、とてつもない存在感を放つ。打った瞬間からすぐに拡がりを見せ、そこから一定の波長領域に集約されていく様が素晴らしい。微妙に輪郭がはっきりしないことが、その場の空間を一気に染め上げる効果を助長しているものと考えられる。除夜の鐘で行列を作るのも納得出来る響きである。

 西光寺の梵鐘は、839年に製作された口径0.78 mの梵鐘である。音程は高く、誰が聴いても分かるくらいの2種類のうねりが残響の中に共存する点が大変趣深い。速いうねりが先に消えていき、遅いうねりが長い時間を掛けて消えていく当然の物理現象が起きているが、いざ梵鐘という形で聴くと、感動せざるを得ない。

 円覚寺の梵鐘は、1301年に製作された口径1.42 mの梵鐘であり、鎌倉三名鐘のひとつに数えられる。低めの音程であり、うねりを伴った長い残響が、空間に揺らぎを生じさせる。また、打った瞬間の乱雑な響きが残っている状態にも関わらず、早い段階で残響のうねりが存在感を表し、徐々に響きの種類が塗り替えられていく様が大変趣深い。イヤホンを片手に大音量で聴き続けると、少し頭が痛くなってくるが、これも趣深い。

 霊山寺の梵鐘は、1340年に製作された口径0.80 mの梵鐘であり、音程の高さは平均的ではあるが、打った瞬間の倍音が非常に豊富であり、空間を瞬間的に梵鐘の音で染める圧倒的な存在感が素晴らしい。また、残響の中に含まれるうねりが微妙に不均一な点が趣深い。

 方広寺の梵鐘は、日本三大名鐘のひとつに数えられ、1614年に製作された口径2.76 mの梵鐘である。口径としてはかなり大きな部類であり、音程は低いが、東大寺ほどでは無い。打った瞬間から少し拡がりを見せ、そこから時間を掛けて一定の波長領域に至る。残響が安定化するまでに時間を要するが、安定化するまでの過程がじっくりと聴けるため、梵鐘の余韻を様々な角度から楽しむことが出来る。安定化した後は、倍音が少なめの低音に落ち着き、この永遠と続きそうな低音の残響が心地良い。

 知恩院の梵鐘は、日本三大名鐘のひとつに数えられ、1636年に製作された口径2.74 mの梵鐘である。打った瞬間から高めの音程と低めの音程が共存しており、同等サイズの他の梵鐘(例えば、東大寺や方広寺など)とは根本的に種類が異なる響きである。梵鐘を鳴らす際には、子綱を持つ16人の僧侶が撞木を引き、その後に撞き手が撞木に仰向けにぶら下がるようにして、体全体を使って打ち鳴らすらしく、このダイナミックな打ち方が、高めの音程と低めの音程を共存させる要因かも知れない。逆に、このダイナミックな打ち方をしないと、響きに味が出ないのかも知れず、非常に気になる点である。

 梵鐘の響きについては、現在でも様々な研究論文が投稿されているようだが、私は下記論文がとても興味深かったのでご紹介する。

・栗原正次, “梵鐘における部分音の振動数分布の時代的変遷”, 日本音響学会誌 37, 599-605, 1981.
・栗原正次, “梵鐘における部分音の強度分布の時代的変遷”, 日本音響学会誌 37, 606-612, 1981.
・大熊恒靖, “梵鐘の音の減衰時間に関する時代的変遷”, 日本音響学会誌 53, 208-214, 1997.

 是非、これを機に梵鐘に耳を傾けて頂けたら幸いである。

(文:マエストロ)

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