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横着者のための『男はつらいよ』シリーズの歩き方

 山田洋次監督の小説『悪童《わるがき》』をNHKでドラマ化した『少年寅次郎』が放送されるなど、年末に22年ぶりに公開される“最新作”『おかえり、寅さん』に向けた準備が進むなか、『男はつらいよ』シリーズの「文脈」を最短で理解したい「横着者」の皆さんのための「歩き方」ガイド。下記の3つの方針で書き進めます。

・劇場公開作品のみを論じる(ドラマ版・アニメ版は含めない)
・合計視聴時間を24時間(人生のたった1日!)以内に収める
※単純に映画1作品を2時間として計算する
・シリーズが「文脈」がわかる作品を選択する(ほかにも「名作」はたくさんある)

①1969年:第1作『男はつらいよ』(夏公開/マドンナ:光本幸子)
 記念すべき映画第1作だが、すでにテレビドラマ26話が存在していた。今では当たり前になったドラマの「劇場版」も当時の映画界では評価が低く“お蔵入り”寸前で公開になった。そのせいか「これ1本」で打ち止めにする気満々で、妹・さくらが、タコ社長の印刷工場で働く諏訪博とあっさり結婚し、一年後には子供(満男)まで生まれてしまう。
 シリーズ化を念頭に置いていたら、こんな展開にはしなかったと監督自ら述懐しているが、恐るべきは、生まれたばかりの満男を御前様(帝釈天の住職)に見せながら“おばちゃん”がいう「誰かに似ていると思いませんか……寅さんですよ?」というセリフ。これこそ映画史上もっとも長い“伏線”だったのではないかと思う。

②1971年:第8作『寅次郎恋歌』(冬公開/マドンナ:池内淳子)
 初めて“ロードショー”公開された作品。114分とシリーズ最長の上映時間で148万人を動員し、興行成績は『ゴッドファーザー』を上回って、シリーズの人気は不動のものとなった。作品自体が長いため描写も丁寧で「入門編」としてはこれが最適かもしれない。さくらの夫・博の父親(演じるのは名優・志村喬《たかし》)が第1作以来の登場となる一方、テレビドラマ時代から“おいちゃん”を演じていた森川信の最後の出演作でもある。ここまでの8作品を「第1期」と考える人もいる。

③1972年:第9作『柴又慕情』(夏公開/マドンナ:吉永小百合)
 この作品から先、選んでいるのはほとんど「夏公開」作品である。「寅さん」といえばお盆と正月の風物詩だったが、これは8月と12月ということで、つまり「夏公開」作品のほうが製作期間を長くとれるのだ。撮影日数は同じでも準備期間が全然違う。そのせいか「夏公開」のほうが面白い作品が多い、という意見もある。
 このころになると「次はどんな女優がマドンナを演じるのか?」ということも楽しみの一つとなり、実際にアンケートが行った結果、1位になったのが吉永小百合だった。彼女は第13作『寅次郎恋やつれ』(これも夏)にも同じ役で出ている。面白いのはその父親役で宮口精二が出演していることで、黒澤明『七人の侍』からは志村喬に次いで二人目の「侍」の登場となった。さらに“二代目おいちゃん”松村達雄もこの作品から。

④1973年:第11作『寅次郎忘れな草』(夏公開/マドンナ:浅丘ルリ子)
 寅さんとの関係の近さにおいても、登場回数においても“最強のマドンナ”なのが浅丘ルリ子演じるリリーである。シリーズ合計で全4作(第25作を「特別編」に仕立てた第49作を含めれば5作、最新作も含めれば全6作)に渡る「リリー篇」を見るだけでも、シリーズの雰囲気はかなり理解できる。
 面白いのは、この作品のラストで、リリーはあっさり「寿司屋の女将さん」として結婚してしまうことで、この時点ではリリーの登場はこれ一回のつもりだったのだろう。

⑤1975年:第15作『寅次郎相合い傘』(夏公開/マドンナ:浅丘ルリ子)
 2年後、4作後の「リリー篇」2作目。第13作で吉永小百合が2回目の出演を果たしたことで、リリーの再登場もありだということになったのかもしれない。前回の最後に結婚したはずの彼女はあっさり離婚して、再びマドンナとして登場してくる。また前作から下條正巳が“三代目おいちゃん”になった。

⑥1976年:第17作『寅次郎夕焼け小焼け』(夏公開/マドンナ:太地喜和子)
 芸者「ぼたん」を演じた太地喜和子は惜しくも1992年に亡くなっている。マドンナとして出演してから16年も後だから成り立たない仮説だとは思うが、彼女がもう1本ぼたんを演じていたら、あるいはリリーの最大のライバルになっていたかもしれない。それぐらい寅さんとの息は合っていた、宇野重吉が日本画の大家を演じる今作は「キネマ旬報ベストテン」の年間第2位に選ばれ、名実ともにシリーズは「国民映画」になった。

⑦1980年:第25作『寅次郎ハイビスカスの花』(夏公開/マドンナ:浅丘ルリ子)
 結果的に48作品で終わったシリーズの、後半の最初(25作)と最後(48作)に登場していることからも、やはりリリーこそが寅さんの「運命の女《ひと》」だったというしかない。渥美清の死後、「第49作特別編」として再公開されたのもこの作品だ。第48作と同様、南の島(ここでは沖縄)を舞台にしている偶然も面白い。

⑧1981年:第27作『浪花の恋の寅次郎』(夏公開/マドンナ:松坂慶子)
 この作品と第29作は、ヘンな表現だが「寅さんの“貞操の危機”」2部作と呼んでいいと思う。相手が松坂慶子ではそれも仕方がないだろう。今でこそかなりふくよかになられてしまったが、個人的な趣味でもなんでもなく、この作品は当時の彼女の美貌の「記録映像」として観る価値があると思う。

⑨1982年:第29作『寅次郎あじさいの恋』(夏公開/マドンナ:いしだあゆみ)
 寅さんは再び“貞操の危機”に見舞われるが、今度も寸前に回避する。この作品は片岡仁左衛門が人間国宝の陶芸家を演じており、第17作『寅次郎夕焼け小焼け』の「陰画」ともいえる仕上がりになっている。いしだあゆみの「陰」のあるマドンナ像も珍しかった。さらに「満男」(第27作からは吉岡秀隆が演じていた)が一役買う展開にもなる。

⑩1987年:第38作『知床慕情』(夏公開/マドンナ:竹下景子)
『七人の侍』の3人目・三船敏郎が寅さんに出演するというだけで観る価値は十分にあるのだが、実際、内容的にかなりマンネリ化が進んでいたシリーズに、観客動員200万人超えというカンフル剤を与えてくれた。マドンナ役の竹下景子は第32作『口笛を吹く寅次郎』と第41作『寅次郎心の旅路』と合わせて3回に渡り、それぞれ違う役で出演した珍しいパターンで、これ以降、マドンナの「2周目」の登場も増えてくる。

⑪1989年:第42作『ぼくの伯父さん』(夏公開/マドンナ:檀ふみ)
 第1作で「寅さんに似ている」といわれた「満男」がいよいよ存在感を増してくる。年齢と病気で十分に動けなくなった渥美清の出番を、よもや満男がフォローすることになるとは、シリーズ開始当初いったい誰が考えただろう? 両親(さくらと博)とうまく行かない満男との「伯父/甥」の関係も非常に面白く描かれ、さらには満男のマドンナとして後藤久美子が登場。リリーをも超える出演回数を記録していくことになる。

⑫1995年:第48(最終)作『寅次郎紅の花』(冬公開/マドンナ:浅丘ルリ子)
 すでに年に1本、正月映画としてだけ公開されるようになっていたシリーズの最終作。ここでは「満男と泉(後藤久美子)」の関係が無事完結した。一方「寅さんとリリー」の関係において、浅丘ルリ子はこの時点で二人の「結婚」を希望したらしいが、第50作で完結させようと考えていた山田洋次監督はじめ「松竹」側の思惑もあってそうはならず、結果、「男はつらいよ」シリーズは「阪神・淡路大震災」の被災地で終わるという、非常に象徴的な最後を迎えたのだ。

 第49作は『寅次郎花へんろ』というタイトルが決まっていて、西田敏行と田中裕子が出演。再びテーマを「兄と妹」に戻し、彼らがその関係性を代わりに演じることになっていたらしい。シリーズ終了後に山田洋次監督が撮った『虹をつかむ男』という作品の主演がその二人であるのは、そういう理由からである。
「第49作特別編」として『寅次郎ハイビスカスの花』が再上映されたのは、かなりの苦肉の策ではあったが、このときの「追加撮影」で満男を登場させたことが、22年ぶりの第50作を構想する上で大きなヒントになったと思われる。
 すでに「主役」はいないのに、あくまで今も存在している前提で作られたシリーズ作品というのはほとんど例がない(強いていうならピーター・セラーズの死後に作られた『ピンクパンサー』シリーズぐらいだろうか?)が、『男はつらいよ』シリーズの「文脈」と照らし合わせれば、これはこれで非常に相応しい「完結編」になるだろうと予想できる。

 以上、12作品24時間(全作品では100時間近いので圧縮率約4分の1)をチェックすれば『男はつらいよ』50年の「文脈」をざっくりと理解することができる。ぜひともそこまで準備した上で最新第50作『おかえり、寅さん』をお楽しみください。

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