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実際に感じた感動を、誰もが親しめる形に。グランプリ受賞メンバーの心を動かした、下水道の魅力とは

20代の都民のうち約1割しか関心を持っていないという、下水道事業に対する意識の低さを変えるべく、アートやデザイン、工学など様々なバックグラウンドを持つ学生の手によって、下水道の新たな魅力を掘り下げる“東京地下ラボ”プロジェクト。

2018年11月から2019年2月にかけて約3ヶ月間のプロジェクトが終わったいま、日々下水道に向き合っている下水道局の担当者、またこのプロジェクトに参加した学生たちは、何を感じて、今回得たものをこの先どのように活かしていくのだろうか。

今回は、グランプリを受賞したZINE『私と川と、サンドイッチ』を制作した首都大学東京大学院修士生の竹内泰裕さん、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科の石上真菜さん、武蔵野美術大学基礎デザイン学科の船越源さんの3名に、制作秘話やZINEに込めた想いについて話を聞いた。

コンセプトが決まるまでが、本当に長かった。けれど、きっとそれが良かった。

——今回のZINEのコンセプトは、そもそもどのようにして生まれたんでしょうか?

石上さん:一番初めの出発点として“下水道は汚いもの“というイメージを払拭したい、という思いがありました。実際に私たちがフィールドワークで訪れた多摩川がすごくきれいだったことが印象に残っていたので、技術のすごさや取り組みの内容を単に紹介をするよりは、きれいなものがあるよ、というイメージを提供することで、下水道事業が生み出すきれいさを見せられればと思って。

船越さん:そのイメージをどう紹介すれば、いまの若者たちに親しみがある、近い距離感で知ってもらえるかを考えたとき、川を見ながらサンドイッチを食べるというピクニックに行くような感覚のものを作りたい、ということでサンドイッチに繋がったんです。

石上さん:清流復活事業というのを下水道局が行なっていて、きれいになった川に実際に足を運んでもらいたいという気持ちがあったんですよ。どうすれば行ってもらえるかな?と思って。

船越さん:「臭い・汚い」というイメージを、「すごい・面白い・楽しい」という方向に転換してほしいというのが下水道局さんの願いだったので、食べ物を食べるという、臭い・汚いイメージとは正反対の行為を提示すれば、きれいが分かりやすく伝わるし、それに加えて、談笑しながら食べる=楽しいに繋がって、イメージの転換が図れるかなとも思いましたね。

——制作のプロセスはどういう流れだったのでしょうか?

船越さん:コンセプトについては何個か案を出していって、話し合いの前日にLINEグループにそれぞれ送って、当日に議論しました。

石上さん:でも事前に出した案は、ほとんどひっくり返ったよね。LINEで出していたのは使われなくて、集まった時に新しく出た話に決まったんです。この案に決まる前は、水再生センターの上にある公園や、多摩川の生態系の豊かさがテーマとして出ていたんですけれど。

竹内さん:全く下水道に関する知識がなかったので、下水道局や東京都にある水再生センターについて全部調べて、その中で特色がある事業として、清流復活事業を下水道局がやっていることを知って。そこからどういうことが考えられるかって話し合いました。このアイデアにしよう!って決まったのは年末くらいだよね。

船越さん:テーマを決めるのに、ワークショップから1ヶ月でようやく決まりましたね。今になってみると、アイデアに行き着くまで結構粘ったのが良かったのかなと思います。

実際に行ってみて、調べてみて、考えて。スタディを重ねた2ヶ月間

——コンセプトが決まった後は、2ヶ月かけてそれぞれ制作されたんですよね。誰がどの部分を担当したんですか?

船越さん:僕はデザインを担当しました。川をサンドするような構造を思いついた時は、すごく嬉しかったですね。ZINEを広げた時に川が現れるというので、サンドイッチのパンの部分と川岸の部分が同一線上に来る仕組みを作ることで、川とサンドイッチとが関係していることが視覚情報で伝えられればなと思って、このレイアウトにしました。

あとは畳んで置いた時に、手前にパンが見えるように置いて、下水道から全くかけ離れたパン屋さんみたいな雰囲気にする、そのギャップがいいかなと思って。手に取った瞬間からイメージの転換が図られている、というのが狙いで、パンの形に切ったんですよ。

石上さん:私はサンドイッチを作ったり、キャッチコピーを考えたりしました。川と私と、というキャッチコピーは「私」を入れることで、自分ごととして川を捉えられる身近さを出したくて、響きも良かったし、これにしました。

サンドイッチは、私がレシピを考えて作ったものを撮影しています。どうしたらその川っぽい雰囲気が出るかな、というところに時間をかけて悩みました。結局サンドイッチを作るのに、それぞれ1個あたり丸1日ずつかかっちゃいましたね。

——そもそも、サンドイッチっていう着眼点が面白いですよね。実際に見た人が気軽に「行ってみようかな」と思わせるものを感じました!

石上さん:おにぎりという案も一応出たんですけれど。やっぱりサンドイッチという具の豊かさや、見た目の良さが勝りました。若者にどうしたらウケるかという観点から考えても、インスタ映えのような写真文化が流行っているので、そういうところにもアプローチできたらいいね、ということでサンドイッチになりました。

竹内さん:サンドイッチにそれぞれ対応する川は、僕が選びました。下水をきれいにして流す清流復活事業をやっている河川が、都内には6箇所あって。大きく分けると、23区内にある川と、多摩川のような自然豊かな川の2つに大別されたので、その中から有名で行きやすそうな場所にある川を2箇所ずつ選びました。

下水=きれい!? 3人が一番心に残ったことを、そのままZINEという形に。

——今回の制作を通じて意識が変わったところはありますか?

船越さん:下水道というもの自体にこれまで関心が0だったので、今回ZINEを作るにあたって、生活に近い部分で下水道のことを考えることで、0が1になったような、大きな変化を感じました。

石上さん:私も普段の生活の中で下水道って意識することがなくて、ここで初めて色々と知って。普段私たちが使っている水の処理という役割に加えて、発電や清流復活事業など、本当に生活の基盤になる、いろんなことをやっているんだなって。実はこんな広範囲に渡って下水道に支えられていたんだ、ということについて改めて考えさせられました。

竹内さん: 僕はZINEを作る時に撮影で現地に行った時に、実際に歩くことでイメージが随分変わったのが大きいですね。現地調査しているとき、実はこの川を流れている水は下水だったんだって思うと、改めて実際に行く大切さを感じました。まちを歩くときも、そういう風にこれまでとは少し違う視点から見て、普段の生活でも意識しながら歩くようになって。歩く楽しみが、一つ増えたかもしれません。

船越さん:野日止用水の川、近くまで行けるところがあるんですけれど、触りたくなるようなきれいさですよね。こんなにきれいなんだ!と、思わず感動しました。

竹内さん:実際に、臭いも全然しないよね。そこは現地に行ってみないと分からないところかなって。

——全体を通してみなさんが印象的に感じたのは、やはり下水処理された水がすごくきれいだったってことなんですね。

石上さん:多摩川に行ったときにプロ・ナチュラリストの佐々木洋さんがおっしゃっていた、「生活排水で鮎が育っている」という言い方がすごく印象的に残っています。生活排水と言えば汚そうだけれど、それを処理している下水道施設があって、処理された水で育つという環境があるということが驚きでしたね。都内にもこんなに自然豊かな場所があるんだなって思って、探してみるといろんな鳥がいて。一番感動したし、印象深かったです。

船越さん:僕も、言葉のイメージと実際とのギャップが印象的でした。触ってみたいと思うくらい、きれいに下水の処理がなされている。実際に行ってみるまでは、僕も下水=臭い・汚いという意識があったので。行ってみて、「ああ、こんなにきれいなんだ」って思いましたね。

竹内さん:歩いていて、川に行き当たると、川の中を見るようになりました。魚いるかな、近くに鳥いるかな、という風に。川の近くに行くと、自然と足が止まるようになりましたね。大学の授業で下水道について学びましたが、実際に見たことはなかったので、改めて知ることができてよかったですし、よく考える機会になったなと思います。

石上さん:もともと本来の人間、特に日本人は、自然と共存するという生き方をしていたと思うんです。でも川という、生活の場に身近にある存在だったものが暗渠化されたり、かつては生活排水が流れ出て汚染されていたために切り離されたりしてしまったのが、再び清流復活事業という形で、生活の中に川という存在が戻ってきたのかなと思います。ぜひ皆さんにも実際に足を運んでもらいたいですね。

まずは、実際に行って体験してみること。そこには新鮮な驚きが、きっとあなたを待っている!

——今回制作されたZINEの活用も含めて、今後、若者に対してどのように広報していけば、もっと下水道事業についての理解が進むと思いますか?

船越さん:今回のZINEは、流行を今の若い世代の人に作って広めてもらうということだったんですけれど、それがうまく行くには、下水道だからこその面白みが前提にあって、それを説明的になってしまうと関心が薄れてしまうので、説明的になりすぎない、面白みを前面に出すようなスタイルで、流行しているものと組み合わせて発信していけたらいいかなと思います。

石上さん:実際に自分たちの目で見たり触れたりしないと分からないことってあるし、特に下水道は普段本当に目に見えないところにあるので、徐々に目に見える状態にしたり、あとは観光スポットとしても旧三河島汚水処分場喞筒場施設は夜にライトアップされてきれいになる時期もあるので、そういうところをもっと見える場所として出していったりしてもいいと思います。

竹内さん:渋谷川や目黒川は結構有名な川で、渋谷川は再開発で、目黒川は桜の季節で多分これからすごく人が来ますよね。でもそこに来る人たちは、流れている川が下水の再生水っていうことはほぼ知らないと思うんです。そういう人が集まる場所だからこそ、処理された下水が流れていることを付加価値として知ってもらえるだけでも、変わっていくんじゃないかなと思います。

3ヶ月という、長いようで短い制作期間を共にした3人。「友人に下水道の印象についてインタビューしたんですけれど、“臭い・汚い”と言われるので、気がついたら“下水道ってそんなんじゃないんだよ!”と擁護しちゃっていました」と語る船越さんをはじめ、3人とも、制作と直接関わり合いのない普段の生活の中でも、常に下水道という存在が頭のどこかにあったようだ。そういう日常の中で得られる感覚を突き詰めて表現することで、奇をてらっていないのにも関わらず、新しい、明るい感覚のZINEが誕生したのかなと感じた。

次回は、東京都下水道局総務部広報サービス課の広報担当である羽場加奈さんにインタビュー。どのような想いから今回のプロジェクトが始まったのか、その背景に迫る。

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