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【2月の本よみ】 エニタイム

場所に軟拘束されたままで時間だけ少し空いてしまうことがある。運転免許の更新に行ったときの、検査が全て終わってから交付されるまでの時間、空港に着いて搭乗手続きを済ませてから実際に搭乗するまでの時間。もっと身近なところでは待ち合わせの場所に着いたけど相手が来ていないなど。その場所から大きく離れることはできないうえに、待つことを強いられる。


今回の写真の人のように職業によるものもある。美容室の予約時間は依頼する側の予定が優先されるため、次の予約まで時間が空くことがある。かといって、飛び込みで訪れる来客に備えて奥に下がるわけにもいかない。それは自由な時間のようで、かなり制約のあるものだ。写真の人はその時間に本を読むことを選んだ。


きっと読みなれた一冊なのだろう、カバーの外された文庫本を読む姿からは、いつでも読みやめて仕事を始められそうな雰囲気がある。小説で描かれる非日常の世界から、日常である仕事への切り替え。スイッチのオンオフのようなメリハリは、例えば新聞を読んでいたのでは生まれにくい。それは切り替えではなく、日常から日常への連続する流れの一部分になるからだ。どちらもカットする技術者側からすれば「いつでも準備はできている」状態かもしれない。しかし依頼する側からするとそのメリハリは、技術者に対する信頼に直結するものになる。


渡辺淳一だけどいいの?と言うその人は朗らかで親しみやすい感じがあって、それは経験に裏打ちされた自信のように見えた。地域に根ざす店の、角の取れた矜恃がそこにはあった。お礼を言い、辞した。


text : Kawana Seiji






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