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突然ショートショート「ユートピア」

 日々の仕事に疲れて、人間関係やプライベートにも疲れた私は、『ユートピア』を求めて旅に出た。

 今生きているこの世界に本当にあるのか、と半信半疑になりつつ、家を出て自転車に乗る。
 一番頼れる交通手段だからだ。

 日の出ている西のほうに向かって自転車を漕いでいく。
 少しずつ日は傾き始め、気温も低くなってきていた。そこに自転車を漕ぐ時の風が当たるので、体感温度はとても寒い。

 交通量の多い道路の自転車レーンに入る。路肩に青い矢印が書かれただけの。
 正直な気持ちは、心細い。大きなトラックなどが通ると巻き込まれて死んでしまいそうになってしまう。
 それでも、この先に私の求める『ユートピア』があると信じている。そうでなければ今頃は家に帰っているか諦めているかのどちらか、それだけはわかっていた。

 広い国道と交わる交差点に出た。
 空は美しい柑橘色で上に向かってやや薄紫色のグラデーションを描いていた。
 南へと進路をとる。
 大きな建物も少なくなってきて、その分空がより広く見える。
 ガソリンスタンド、レストラン、スクラップ置場。様々な建物が目に映っては後ろへ消えていく。

 気づけば建物自体もあまり建たなくなってきた。
 田んぼとか、農家とかが出てくる。
 このまま人の営みからどんどんと離れた場所に『ユートピア』があるのだろうか。
 そう思って漕ぎ進めると、やがて木々が生い茂る場所に入った。
 空はすっかり暗くなり、等間隔に立てられた街灯と自転車のライトだけが頼りになる。

 ふと、木々の中にぽっかりと穴が空いているのが見えた。
 自転車を止めて確かめてみると、その先に通じるように歩道の脇から下り坂が延びていた。

 自転車を押しながらゆっくりと坂を下っていくと、国道を通る車の音が次第に遠ざかっていくのがわかった。
 坂が終わって目の前を見ると、そこは森の中の小さな草むらだった。

 遊び道具のブランコと水道が置いてあるから、どうやら公園らしい。

 街灯に明るく照らされたベンチに座ると、聞こえて来るのは風の音だけ。
 ここでなら何を吐き出してもいいような気がする。

 仕事への疲れ、世の中への不満、私自身のダメなところ、その他ネガティブなこと諸々を、誰の耳にも入れることなどなく。
 もしかしたら、ここが私の『ユートピア』なのかも知れない。


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