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第63話 友人の話-つきとばす

「一番嫌なのは、やっぱり事故ですね」
ワタナベくんは某私鉄で駅員として働いている。

昨年までの勤務地だった駅は、なぜか飛び込み自殺が多かった。

そのため、ホームのあちこちに監視カメラがつけてある。
内勤をしていても、怪しそうなのを見つけると、構内に連絡を入れ、止めに行くのだ。

「トラウマになることもあります」
判断が間に合わず、飛び込む瞬間をカメラ越しに見てしまうこともあるからだ。

結果は、電車の速度や飛び込み方によってまったく違うという。
「マグロ」と呼ばれるように、轢断されてバラバラになるもの。
人としての形を残したままホームにはじき返され、ねじくれて他の人の身体や柱に絡みついているもの、なども見たことがあるらしい。

その一部始終を動画で見ることになるのだ。

「後処理はもちろんですが、監視カメラもきついです」

ある日、ワタナベくんはその監視カメラで、「あわや事故!」という瞬間を目撃した。

夕方のラッシュ時だった。

サラリーマンらしき若い男性がホームの端でつんのめり、そのまま落ちそうになったのだ。

どうにか踏みとどまり、這いつくばるように転んだ瞬間、貨物列車が彼の鼻先を通過した。

ワタナベくんは急いで、ホームにいる駅員に連絡を入れ、駅舎から現場にかけつけた。
彼が到着すると、男性は起き上がり、彼を囲む人垣に向けて、大丈夫だとアピールしている最中だった。

「このぬいぐるみを投げた人を見ませんでしたか?」
現場に落ちていたネコのぬいぐるみを掲げて、ワタナベくんは野次馬たちに訊ねた。

監視カメラの画像で彼は見たのだ。
その男性を突き飛ばしたのは、宙を飛んできたそのぬいぐるみだった。

「見ていない」
野次馬はみな同じ答えだった。

サラリーマンを駅舎に連れて行き、話を聞くと、たしかになにかが背中に当たったという。

ただ、ぬいぐるみかというと、首をかしげる。
訊ねているワタナベくんも腑に落ちない。

ぬいぐるみは実際のネコ程度の大きさで、重さは500グラムもなさそうだ。
いくら勢いよくぶつけられても、大の大人が転ぶとは思えない。

報告書にどう書けばいいのか、ワタナベくんが思案していると、先輩の駅員が2人やってきて、聞き取りに加わってくれた。

「あれこれいっててもしかたないので、監視カメラの録画映像を見ることになりました」

やはりぬいぐるみが映っていた。
それと、投げつけた人物も。

赤いカーディガンを着た女性だった。

憎々しげにその女性がぬいぐるみを投げつける。
背中でそれを受けたサラリーマンは、まるで暴風にあおられたようにつんのめり、這いつくばる。

不自然で奇妙なシーンだったが、画像は鮮明で、なにが起きたかは明らかだった。

この女性に見覚えは?

サラリーマンは真っ青な顔で首を振った。
そうして、実害はなかったのだから、事件として扱うのはやめてほしいという。

「あいつ、この女を知っとるな」
ベテラン駅員がポツリといった。

結局、ワタナベくんはあいまいな報告書を書き上げ、ターミナル駅にある地域の管轄事務所に行くことになった。

いちおう問題のぬいぐるみも持参した。
遺失物として扱うべきか、判断がつきかねたためだ。

だが一目見て、遺失物係が悲鳴を上げた。

「知ってたんですよ、そのぬいぐるみのこと」

聞けば、1週間ほど前に自殺した女性が持っていたものだという。
遺族に渡すつもりで保管していたが、女性には親兄弟がおらず、誰も引き取りに来なかったのだ。

よく似た別物だろう、といってみたが、前肢のほつれ方が同じだという。
保管庫を見に行ったが、消えている。

「それにほら、血の跡も」

黒猫のぬいぐるみなので気づかなかったが、たしかに毛色が一段と濃く、毛がゴワゴワと固くなっている部分があった。


「結局、馴染みのお寺に持っていくことになったんですけど」

日ごろから、そういった曰く付きの物品を供養してもらっている寺院だったが、住職がひどく嫌な顔をしたのをワタナベくんは覚えている。

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