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夜はいつでも回転している

83夜 日常


彼女の不機嫌な顔が見える。なんで不機嫌なのかわからない。特に理由を思いつかないってことは僕には想像できないような理由に違いない。なんてことを考えていることがバレたらさらに不機嫌になるに違いない。こういう時は何も言わない方がいいに決まっている。なのに思わず聞いてしまう。

「どうしたの?」「もし私が死んだらどうする?」「そんなこと考えてたの?」「たぶん君は私が死んでもいつも通りご飯食べて、もち丸の散歩して、テレビ見ながら笑って、お風呂に入って、ビール飲んで、歯を磨いて眠る前にはちょっと私のこと思い出して寂しくなるけど、すぐにぐーすか眠りにつくのよ。枕は涙じゃなくて熟睡した涎で濡れるだけなのよ」そう言われてそのことについて考えてみた。「それはどうかな。常に君のことを考えていると思うけど」「そんなわけないでしょ」「どうしてわかるんだよ?」「私は君が死んでもたぶんいつも通りの生活を送っているからよ。何も変わらないで普通に時間が流れていくの。それに対して私はなんだか腹が立つのよ。そんな風に普通に過ごす私に対しても先に死んじゃった君に対しても」

「俺は先に死んだりしないよ」それに対して彼女が何か言ったようだったけれどよく聞こえなかった。昼間だと思っていたが外はもう暗かった。彼女に話しかけても無視された。機嫌が直らないらしい。今夜はもう放っておいた方がいいかもしれない。彼女は一人で寝室へ入っていった。僕は何故か全く眠くならない。テレビをつけたがどの局も何も映らない。時計を見ると時間が溶けている。僕はゆっくりと夜の闇に溶けていく。

 部屋の大半を埋めるサイズのベッドの広さにまだ慣れない。私一人で眠るには広すぎる。明日は早いのに目が覚めてしまった。私は目を瞑りながら死んだ彼のことを思い出して少し寂しくなったがすぐに明日やるべきことをイメージしていた。すぐに眠くなって眠った。

熟睡できたおかげで朝は頭がスッキリしている。枕にできた涎の跡が架空の大陸のように見える。あっという間に1日が過ぎた。いつもと変わらない日だった。そのことに対して何だかムカつく感じがしたけれど、どうしてそう思うのかはわからなかった。というよりどうでもよくなった。中華萬次のニンニク丸ごと入り餃子がいつも通り最高に美味かったからだろう。



End

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