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どうしようもない日に

その日もいいか悪いかでいうと悪い体調を抱えながら過ごした。憂鬱でできれば外に出たくないけど、なるべく人の手から生み出された、まごころとたくさんの美味しいがこめられたものを食べてみよう。やりたいことのためにお金を貯めていて、前よりも寂しいを埋めるためにお金や時間を使うことは無くなった。むしろ今はせっかく貯めたお金を使うことにすら抵抗を感じる。お金を使うということが怖い。だけど、こういう時こそお金を使って本当に美味しいものを食べて、話せる人だけに、好きな人だけに会おう。そう思って家を出た。雨がポツポツふる、梅雨の序盤の夜特有の肌寒さが存在する夜だった。

いつも行くお店に行くということは他の常連さんと話すことが多いから、人と関わらないことは不可能に近い。それが嫌なわけではないし、優しい人ばかりであることは知っている。だけどどうしようもなく人と話すのが難しいときがある。なんだか人と関わることに乗り気になれない。そういう日だった。お店に着くと、やはりたくさんの常連さんであり知り合いであり日頃からたくさんお世話になっている人がたくさん集まっていた。みんな気さくで優しいので声をかけてくれる。やはりトゲトゲした人はいないから話しやすくて場の雰囲気に飲まれて、私は普通にみんなと話をした。ただ、いつものように会話に積極的に入ることができなくて、他の人と私の間に薄い膜がサッとあるかのような自閉感があった。私は抱きしめる人のあたたかさを求めるかの如く、あつあつのピザを食べた。その人が頑張って作った、その人の生き方が詰まっていた。前回食べたときに感じた市販のピザにはないその人らしさ、思想を感じた。美味しくないわけがなかった。
このお店はエネルギーがちょっと強すぎるから自分が弱い時にきたら苦しくなるけれど、人の悪口で面白がったりマイナスな感じがする人は来ないから、やはりいい場所だなと思う。お腹いっぱいになったし、人の流れが変わりはじめた頃にお店を出た。寂れた商店街のアーケードがうなりをあげている、音の大きさで雨の強さがわかる。

全然乗り気じゃなかったけど、悩んだ末にバイト先がライブの日だったから顔を出した。前から誘われていたけど心身ともに万全ではないため、どうしても乗り気になれなかった。店に入るなりいきなり手を取られてクルクル回った。ロカビリーの日だから、隔週水曜日に練習して覚えたダンスをみんな楽しそうに踊っていた。ちょっと踊っただけなのにすぐに汗をかいて、幾分かは気持ちは前向きになったものの、みんなみたいに音のることができなかった。ステージに立ついつものメンバーが、イベントに来てくれた人に対して感謝を伝えるのをボケーっと見ていた。

「みんな来てくれて本当にありがとう」
「ーーーーーー。」

言葉は、両手で私の手を握った。力はそんなにこもってない手からは体温のあたたさとは違う温もりを感じた。これを絵で描くと、きっと、オレンジと黄色のポワポワが手の周りを囲んでいるのだろう。

そのとき、。言葉にしようもない、ものすごく大きなものをもらった。このために私はここに来たんだなと納得もした。「ああ疲れているんだな私」と思った。なりふり構ってられないくらい、忙しいと言葉に出すこともままならない程に疲弊していたことに気づく。頑張りすぎていることや忙しいと思う暇すらなかった。殺伐とした毎日を送っていた。そんな日々を救うような言葉だった。生きていてよかったなと心から思える言葉だった。直感で癒されてどんな気持ちになったのか言い表すことができない代わりに、涙が出そうになった。

朝起きて絶望したとき、一瞬でも死ぬことを考えたとき、もう頑張れないかもしれない。辛いときに、支えてくれる、言葉がある。そういう類のものだった。

ライブが終わり、感謝を伝える間もなく帰った。マンションのエレベーターで泣いた。家の扉を閉めて泣いた。風呂に入りながら泣いた。髪の毛を乾かしながら泣いた。布団に入りながら泣いた。たくさん、泣いた。
本気の愛によって、愛を感じていた。浄化されていた。疲れをなんの抵抗もなく流すことができた。私に必要な、意味のある時間だった。

後日、その言葉を言っていた本人に直接ありがとうを言った。と同時に、どうかその真っすぐさをどこにも置いていかないでということも伝えた。これだけ言葉に力を込められる人がどのくらいいるのだろう。私がそうであるように、より多くの人が救われると思った。だから、伝えた。できるだけ丁寧に伝えた。

ライブハウスでバイトをしてると、どんな演奏をしたいかと同じくらい、どんなMCをしたいのかを考える。そして改めて「演奏だけでなく、演出としてのMCも含めて自分のステージを見て聞いてくれることによって、お客さんに嬉しい気持ちになったり、幸せになったりしてほしい」と思う。そしてそれは他の表現媒体でも変わらない。

私はいま、この文章にとびきりの魔法をかけている。どうしようもなく明日を迎えることが難しいあなた。何をする気も起きないあなた。疲れて何もしたくなくなっている、ご飯を食べることや寝ること以外できないあなた。そんな人たちに届いてほしい。

これ以上誰も、傷つかないために。
あなたがあなたで生きることができますように。