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おたふく風邪にかかって死ぬと思いきや

「えっ」

それは突然だった。

16年前のある朝、洗面所の鏡に映る自分の顔を見て声がでた。寝ている間に何かあったのか?その頃、私を嫌っていたであったろう旦那が寝ている私の顔を、憎しみのあまり殴ったのか?寝ぼけた頭がいろんな想像をし始めた。しかし、どれも証拠となる決定打がない。

どのくらい、鏡を見つめたままパニックに陥っていただろうか。おそらく2、3分だろうと思う。


次第に頭が冴えてきた。


「そうだ!昨日息子がおたふく風邪にかかったんだ。右側だけ」

そうかそうか、私は息子のおたふく風邪をもらって、そのせいで顔が腫れているんだという結論に達した。しかし、おかしなことに左側だけだった。


息子は右側、私は左側。2人合わせてハートマーク。とはいかない。ペンダントじゃないんだから。


その時はまだおたふく風邪を軽くとらえていたのだ。

早速、軽い気持ちでおたふく風邪にかかったようだとママ友に電話をかけ、報告をした。


私はてっきり、いい大人が何やってんのよなんて感じて返されると予想したわけだが、「ギヤー!!」と彼女は悲鳴をあげ「あんた死ぬよ!私も大人になってからおたふく風邪にかかって入院したんだよ!ほんとに死ぬ覚悟したくらい辛かった。早く病院行きな!」と叫びちらしたのだ。

私は女友達の剣幕と「死ぬ」の言葉に恐怖し、あわてて近くの耳鼻科に駆け込んだ。先生には、息子が昨日おたふく風邪にかかったことをきっちりと説明し、左頬の腫れを診てもらった。

しかし意外にも「おたふく風は耳下腺が腫れるものだけれど、あなたの場合は耳下腺が腫れていないからおたふく風邪ではないね」との診断だった。


「じゃあなんなのさ左頬の腫れは」何か変な菌が私の顔に入り込んだのだろうかとそれは恐ろしくなり、少し死がちらついた。


この際なに科でもいい、原因さえ分かればとその足でなぜか歯科医へ走った。先生はほっぺたを触ったり口の中を見たりして、ほどなく診察に使った器具をカチャンと台に置いた。


ほんの2秒ほど間があり「うん。腫れの原因はわからないですが、歯槽膿漏が見つかりました」と言った。


「何?歯槽膿漏だと」「奇妙な顔面の腫れの原因が分からず生きるか死ぬかと不安な時に、とんだものを見つけてくれたな」と気持ちに余裕がない私は心の中で怒りを爆発させた。


とんだ無駄足を踏んでしまった。こんな茶番に付き合っている暇はない。得体の知れない病気がどんどん進行しているかもしれないのだ。1秒でも早く次の病院に行かねばならない。「もう、こんな歯科医には用はないあばよ」と心で叫び自転車ですぐさま去った。


しかし今となっては反省している。先生はご自身の仕事を遂行され、歯槽膿漏という、決してばかにはできない病気を見つけてくれたのだ。
余裕がなかったにしろ、心の中で悪口を叫んだことを後悔し、申し訳なく思っている。なぜ歯科医に行ってしまったのだろうかとも。なんて私は愚かで小さい人間なのか。

最後の砦、私が一番信用する先生の元へ走った。最初から行っておけばよかったのだ。だが、おたふく風邪なら耳鼻科に行くのが人並みの行動だろう。それに後悔しても仕方がない。とにかくこの腫れの原因を知り、治療しなければ。幼な子2人を置いて死ねない。みっともなさ過ぎる泣き面で名医の元へ必死に向かった。

病院に到着し、まず、65歳くらいの受付レディーに症状を説明したら、すぐさま顔のレントゲンを撮られ、採血もされた。それから不安な気持ちで待つこと1時間。ようやく私の診察の順がまわってきた。私は息子がおたふく風邪にかかっていること、耳鼻科ではおたふく風邪ではないと言われ、歯科医にまで行ったことを先生に説明した。


先生は「おたふく風邪だよ」とさらっと答えた。「それよりなにより、あなた元気だね。大人がおたふく風邪にかかったら大抵入院するはめになるんだよ。亡くなる人もいるくらいなんだからね。君、変わってるね」と私を見ながら結構笑っていた。さぞ元気な私がおかしかったのであろう。


そういえば友達に「死ぬ」と言われ恐れおののいて病院をはしごしたが、熱もなく自分の体が全くもって死に向かっていないことに、先生の言葉で気がついた。ただの1ミリたりともだ。


ただ、おたふく風邪と診断してくださった先生は、耳鼻科の先生の対応にたいそうお怒りであった。


なにわともあれ、病名が分かったことにほっとした。しかし、病名が分かろうが死に至るかもしれない「大人のおたふく風邪」に罹患したのだ。よく考えたらとんでもなく恐ろしいことだった。それなのにピンピンしていられる体質に産んでくれた両親に感謝しかない。

おたふく風邪の一件から今まで、自分は奇跡の体質の持ち主なのだろうと、心のどこかで期待も込めて思っていた。思考回路が突飛であるために肝心なときに歯科医に駆け込み、歯槽膿漏もちであることも露呈したが。

自称奇跡の特異体質な私は、最近、例のウイルスのワクチン接種が決まった際、私などは副反応なぞ全く無縁だと家族に自慢げに言いふらしていたのだ。

しかし2回目の接種後、副反応を経験した。熱はでなかったものの、体がだるく、節々の痛みに不覚にもおそわれてしまった。おかげで自分は奇跡の特異体質などと、めでたい身体ではなかったのだと思い知らされた。病気にかかりにくい体質の人ならいるであろうが、私が思う奇跡の身体なんぞ常識ではありえない。当然だ。


油断大敵である。


たまらず痛み止めを3度服用したことは家族には未だ内緒だ。

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