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『雨のことば辞典』倉嶋厚監修、講談社


表紙


 今日はいつもと違って辞典を紹介しましょう。こういう書物はがっちり読むというより、ときどき書棚からひっぱりだしてぱらぱらと好き放題にザッピングをしてみると面白いです。この辞典の中には、雨にまつわる言葉だけで、1190語も紹介されているのです。いやあ、こんなに雨を表現できる言葉があること自体が驚きでした。やはり日本は四季が移ろいがあり、その時々に雨も降ります。春雨もあれば梅雨もあり、夏場の夕立もあれば冬の冷たい雨だってあります。最近だとゲリラ豪雨なんていうのもありますね。その時々によって、そして地方によって、雨の表現の仕方がかわっていきます。
 そんな雨にちなんだ言葉ですが、読めば読むほど、未知のことばにふれて、自分の世界が広がります。これだけ言葉があるということは、そこに考えがあり気持ちがあり、日本ですからそこに歌があるのでしょう。この辞書の言葉の説明の中には、凡例として、歌集からの歌や、浄瑠璃に一節なども紹介されているものもあります。日本と日本語は、これだけ雨に対して情緒をもって表現してきているんだと再認識できるのでした。

ちょっと私が気になったことばをいくつか引いてみます。

○ 雨にまつわる表現
・ 愛雨(あいう)
雨を好むこと。自然の摂理にしたがって降る雨は、動植物の命の供給源であり、人の心にうるおいを与えるかけがえのない賜物。それでも厭われることが少なくない。
・ 商羊(しょうしょう)
くちばしが赤く、美しい羽をした、中国の伝説上の鳥。この鳥が舞うと雨が降り、洪水になるという。雨のこともいう。
・ 知雨(ちう)
雨を察知すること。雨を予告する。今でいえば天気予報のことであろう。江戸時代にも天気予報が天文台から出されていた。

○ 雨の特徴を表現したもの
・ 雨毛(うもう)
細かい雨。髪の毛のように細い雨の意か。
・ 風の実(かぜのみ)
愛知県知多地方では、風まじりに降る小雨を「風の実」ともいう。「風くそ」「風の戯え」(そばえ)と同じような発想から生まれたのだろう。雨を風から生まれたとみている。
・ 繁雨(しばあめ)
いっとき断続的に激しく降る雨。「柴雨」「屢雨」とも書く。「しば」は、しばし、しばらくの意か。「にわか雨」「村雨」とほぼ同意。
・ 暖雨(だんう)
春に降る暖かな雨。春の雨は冬の雨と違い、雪を溶かす暖かい雨。雨脚は細くかそけく降りつづく。
・ 肘笠雨(ひしかさあめ)
急に降りだし笠をかぶる間もなく、肘を頭上にかざして笠代わりにするような雨。にわか雨。略して「肘笠」または「肘雨」という。
・ 掠雨(りゃくう)
激しく降り注ぐ雨。「掠」は、むちうつ、たたく。

○ ユーモアを感じるもの
・虹の小便(にじのしょうべん)
日が射しているのに降る天気雨を指す徳島県地方のことば。似たことばで小糠雨を指す「霧の小便」、霧雨を指す「なごの小便」がある。
・ころどあめ
片雨のように雨域が限られた雨をいう岩手県気仙地方のことば。「ころど」は、「一人で」の意という。一人で働いて稼ぐことを「ころど稼ぎ」などという。ひとところに降る雨の意であろう。
・しおしお
それと知れない程度にかすかに降る雨を指す愛知県北設楽地方のことば。「しおしお」は、元気のないようす。静かに少量降る雨を元気がないととらえたのであろう。

 辞典の中には、地方の言い方などふんだんに入っています。雨が降っている状態を表すことばが多いですが、雨と関連する物事のことばも紹介されています。この辞書があれば、「今日は雨降りか。うっとうしいなあ!」と思わないで、「どれどれどんな雨が降っているんだ?」と関心を持って、「それをどう表現できるか」を探してみるのもよいでしょう。すかっとしたお天気よりも雨のほうが、人のその時々の感情を表しているのかもしれません。こんな辞典を手元においておくと、雨降りが楽しみになったりするかもしれません。雨の中の風情を感じて、傘をさしながら雨をながめる余裕が出てくるでしょう。
 あと、面白いなあと思ったのは、ことばの説明のところが、「‥の意であろう」とか「‥の意か」などと意味を限定しないで問いかけして終えているのはご愛嬌ですね。それだけ、雨のことばをたくさん集めたということにちがいないでしょう。
 巻末には、雨のことわざ・慣用句を少しまとめてくれています。その中には、どういう現象があると雨なのか、という天気予報のようなものもあります。「アリの引越しは雨」については、「理由がわからない」ということばがあります。同じようなものに「カニが床上に上がれば雨」なども、「言い伝えだが、理由は説明しがたい」というのです。「茶碗に飯粒がつかないときは雨」「電車の音が近くに聞こえると雨」「でんでんむしが木に登ると雨」「猫が手水を使うと雨」など、低気圧や湿った空気になったときに起こる現象をとられているものもあります。
 雨が降ったら、ぜひこの辞典をめくってみてほしいです。きっと鬱陶しい気分も晴れわたるに違いありません。そして、たまにはスマートフォンとかPCを気にしないで、ぼうっと雨でも眺めていたいものです。すると、一句できるかもです。こんなふうにね‥。

 「雨降りに 思いを馳せて 言探し 潤うものは 空と心か」
                      (大嶋祥園)

今日の紹介は「自宅で立ち読み」というブログで、2015年2月に紹介したものです。




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