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思い出の手紙が教えてくれたこと。

家の整理をしていたら、高校生の時にもらった手紙が出てきた。

つい、懐かしくて読み耽ってしまった。

その中に、どうしてこれ、とっておいたんだろう?という手紙が出てきた。

差出人は、ハーフのように目鼻立ちのはっきりした美人なのに、面白くて、オシャレな友人からのもの。

今でも仲良しだ。

当時、オシャレにまだ目覚めたばかりで、イモっぽかった私は、何だか彼女と一緒に歩くのが恥ずかしかった。

そんな私と、なぜか彼女は仲良くしてくれた。

クラスがえがあって、クラスが別々になっても仲良くしてくれていた。

私がクラスにうまく馴染めなかった時、お昼休みは一緒にお弁当を食べに来てくれた。

クラスの中には、何であの二人が?と話す人もいて、私は、だんだんと一緒にいるのが辛くなってきていた。

私は、その友人からの誘いを徐々に避け始めるようになった。

一緒にいる自信のなくなってしまった私は、ついには一緒にいることを断ってしまった。

友人は、どうして?と言った。

それは、そうだ。

何も悪い事をしていないんだから。

「〇〇は、綺麗で、オシャレだから、一緒にいるのが辛い。」

そう伝えた。


そうしたら、後日、一通の手紙を渡された。

そこには、

「私は、好きで一緒にいたくて一緒にいるのになんでそんな事言うんだ。そんなに嫌ならいつまでも変わらないで好きなようにやればいい。」

と書いてあった。

とてもまっすぐで素直な言葉だった。


当時を振り返ると、自分に自信のなかった私は、自分が断ることで相手が傷つくなんて夢にも思っていなかった。

友人が私を好きで一緒にいてくれたなら、好きな人に断られるって傷つくことだなぁと今にして思う。

自分が傷つくことが怖くて、傷つく前に、相手から離れる事が結果、相手にまで嫌な思いを味わせることになってしまっていた。

私が、容姿を気にしてしまっている理由に、それこそ、イモっぽいと言われた事があった。

自分の事を好きでもなんでもない人の言葉をなぜ、優先させてしまったんだろう。


木を見て森を見ず。


という言葉がある。

一部や細部にとらわれすぎて全体に注意を向けず、物事をおろそかにしている状況を表す言葉だ。

小さいことだけに心を奪われていて、全体を把握できていないことのたとえである。

私は、自分の事を悪く言う人と同じ事を友人にしてしまっていたのだと当時を振り返って反省した。

私は、友人の何を見ていたんだろう。

私は、外見だけではない友人の面白いところやまっすぐなところが好きだったはずなのに。


そんな事を十数年ぶりに思いださせてくれた手紙だった。

最初に読んだ時は、「?」と意味がわからなかったけど、だんだんと当時の自信のない私の気持ちが蘇った。

当時は、その手紙の内容に、こんなにハッキリものを言う人が苦手だ、傷ついた、と思っていた。

でもこの手紙がとってあったのは、図星できちんと心に響くものがあったからなのだろう。

当時を振り返って、何をやっていたんだろう、と思えたと言うことは、少しは私も成長できたのだろう。

きっと友人はそんな事忘れて、笑うと思う。

今、こうして対等にものを言えるのは、友人の真っ直ぐな言葉があったから。

この手紙は、これからも私の大切な手紙だ。


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