自分だけの幸せの形とは
映画館で流れた予告編を見て
「観に行こう」
と思った映画『アナログ』
"恋愛映画"と"原作・北野武"が
結びつかないな〜と感じたけれど、
興味を引く予告編だった。
彼女はスマホを持っていない。
会うためには、
木曜日にいつもの喫茶店に行くしかない。
私たちがもう手放せなくなっているスマホ。
この便利なアイテムがないということは、
リアルタイムの連絡方法がないということ。
今日は仕事で行けないとか、都合で遅れるとか
を伝える術がないから、待つ方はひたすら待つ
ことになる。ウキウキと待つ時間もあれば、
どうして来ないんだろうと不安な待ち時間も
あるでしょう。
携帯電話がない頃はこんなことが日常茶飯事
だろうな…だったな…か。
何で来ないの?とイライラしたことを
思い出した。
主人公の母が入院中の病室で言う。
『人には自分だけの幸せの形がある』
さて、私の幸せの形は?と考える。
大勢で集まってワイワイしていて
その中心にいるのが幸せな人みたいに
感じることがある。
賑やかに、はしゃいでいて、大きな声で
盛り上がっている。
いわゆる「陽キャ」であることが幸せな人
であるかのように錯覚する。
私はアソコには行けない…いや、行きたいと
思っていない…だから幸せではない?
そんなことないな。
私の幸せの形はアレではないというだけのこと。
映画『アナログ』のような
静かで、穏やかで、2人だけの空間で
いろんな話をして聞いて笑ったり泣いたり。
そっちの方が幸せだと思う。
映画に出てきた喫茶店『piano』に
通いたいな。
そう言えば、アナログなことも好きだった。
・折り紙を折る
・手で縫う
・紐を編む
・手書きの文字
海を見てぼぉ〜っとするのも
月を見るのも
焚き火の火を見てるのも
空に浮かぶ雲を見てるのも
好きだなぁ。
時間の経つのも忘れてしまうことがある
って幸せだな〜。
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