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月の光とサボテンの花

薄っすらと月の光が窓から射し込む夜。
秒針の音と自分の呼吸だけが響く部屋。

テーブルに突っ伏して考える。
私は何をやっているんだろう。

目蓋も重くうつらうつらになりかけていると、ガタンッと解錠の音に身体が跳ね起きる。漂っていた眠気など消え去った。重い玄関の戸が鈍い音を立てて引かれ、待ちわびていた姿を見せる。

「っ…おかえりなさい…!!」
帰って来たこの部屋の持ち主は真っ黒な硬い靴を脱ぎながらひとつため息を吐く。薄暗い部屋では確かな表情はわからないが、そのため息だけで 不機嫌 が充分に伝わった。
「寝てていいって言ったよな」
少し怒ったように言う君はやはり不機嫌。私の肩にわざとのようにぶつかりながら部屋の奥へ入って行く。

「寝てたんだよ。寝てたんだけどね、あの…」
機嫌を取ろうと私は必死に言い訳を探すけれど、もう毎度のことで彼も聞く耳さえ持っていなかったようだ。私に背を向けたまま少し乱暴に着替えを始める。
「明日も学校だろうが。さっさと寝ろ、」
テーブルに伏せていたのを知っているかのように、彼は自分のベットの方を指差して私を促そうとする。真顔な上にいつにも増して低い声で言うものだから不機嫌で済まされない怖さが漂っていた。

「月が綺麗だったの。サボテンの花が咲いたの。」
怖さに怯みつつも、私もほんの少し強い口調で淡々と伝える。月の光は恐らく帰宅時に彼も見て思っていたのだろう。サボテンという言葉にちらっと首を動かしてベランダを見た。

「月の光浴びてるサボテンの花、一緒に見たかったの。朝が来て、日が出たら、もしかしたら萎んでしまうかもしれない。もう開かないかもしれないじゃない。」
植物の成長日記をつける小学生でも言わないような屁理屈を並べた私に、彼はようやく優しい目をしてくれた。重く漂っていた不機嫌を少し減らしたようだった。

「サボテンが月光浴でもしてるっていうのか?」
彼は呆れたように言いつつも、ベランダの窓を開けると、また私に背を向けてその入り口に座り込んだ。その猫背と長い首筋を見たら、言葉にならない愛おしさが湧き上がった。
「月の光ってすごいのよ?傷も治るんだって」
私は至ってさり気なく彼の隣に座り込む。真ん中に座らず左側に寄って座ったのは、意図的である行動と信じてみた。月の光に触れるとことはできないけれど、指を広げて宙を仰いでそれを感じる。
涼しげな夜風に吹かれながら、月の光にただただ耽っていた。時折後ろでカーテンの揺れる音がするくらいで、静かで柔らかな時がゆっくり流れていた。

徐ろに彼はボコボコになった煙草の箱を取り出した。トントンと軽く叩いては長く伸びた一本を手に取り咥える。片手で風を避けるように覆い、ライターの火を先端につける。そしてボコボコの箱とライターを胸ポケットにしまう。そのまま一度煙草を手に持ち息を吐く。
ほんの数秒のこの一連の動作に毎度見惚れてしまう。基本煙草そのものも喫煙者も苦手であるのに、なぜ彼にはこうも目を惹かれてしまうのだろう。

「俺らの傷も治るかな…」
白い煙を吐きながら彼はボソッと呟いた。優しく、でもどこか悲しそうに言うものだから、私まで何故か泣きそうになる。顔を除くと細い目をしたまま煙と同じサボテンの白い花を見ていた。月の光に照らされた私たちは煙草の匂いを鼻に掠めながらその行方を目で追うしかできなかった。見えない傷は月の光に頼ってもきっと治らないことを本当は知っていたのだろう。
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