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節約について

節約ってほどではないですが、
なるべくお金を使わないようにと思ってるんですね。
なぜかというと、社会人として出だしでつまづいたことがきっかけなんです。
当時はわかっていませんでしたが、発達障害ゆえに働けず、
お金を稼げなくて死を痛烈に感じた恐怖心からでした。
お金が無いという経験をしたことでその恐怖から節約をしているわけです。
私にとっては、貯蓄って心の安心・安定なんですよね。
私は今でこそ発達障害だったことがわかっていますが、
学生時代は知る由も無く、ぎりぎり短大を卒業してから
社会人になるときに大つまづきしました。
まず就職活動の仕方が分からなかったのです。
就職活動に失敗した、というよりは、
そもそも就職活動というものをどうやるのかわからなくて、
就職できなかったのです。
(わかってたとしても就職できたかどうかはわかりませんが…)
友達や学生課に聞いたりしなかったのか、と思うかもしれませんが、
友達がいなかったのと、学生課に行って聞いたのですが、
「就職活動ってどうやるんでしょう?」と聞いたところ、
「自分で考えなさいよ!」と返事されたのです。
おそらくですが、
学生課の係の人もまさか、
就職活動の仕方が分からないとは思ってなかったんだと思います。
当時、発達障害というものがそもそも一般的に知られてもいませんし、
存在がないということは、もちろん、
配慮などというものも存在しませんでした。
そして私自身も知らなかったわけです。
結果として、フリーターになりました。
最初はお寿司屋さんのアルバイトでした。
まず注文が取れない、お皿の位置がわからない、
適切に動けない、仕事の覚えが悪いのです。
日払いの仕事だったのですが、
2日目に顔を出した時には店の人の態度が明らかに冷たくなっていて、
仕事中に無視されたのです。
なぜなのか?わからずオロオロしているうちに一日が終わりました。
帰りに日払いの封筒を冷たい態度で渡され受け取って中を覗くと、
どう見ても金額が少ないのです。
恐る恐る、「あの…金額がすくないのですが…」と言った瞬間に、
「当たり前でしょう!それだけの働きしかしてないんだから!」と
怒鳴りつけられました。
私にも生活があるので困ってしまいました。
「ですが…」と言いかけた瞬間に相手が激怒して
「これしか働いてないのに金だけ欲しがるなんて!なんて意地汚い子なの!」と、言われ、
店主の奥さんに足りない分の数千円を投げつけられました。
何が起きたのか分からず呆然としてしまった私は、
しばらくして床に散らばった千円を拾い、とぼとぼと家に帰りました。
その時にお金を稼ぐということが、
こんなにも辛く苦しく惨めなのかと思ったんですね。
親との折り合いも悪く、お金の面で頼ることが出来なかったので、
色々バイトをしてみるものの、どこにいってもダメで、
基本2日目には冷たくされたり嫌がらせが始まります。
自分から辞めるように仕向けられるんですね。
でも、私も生活があるので必死でした。
お金を稼げなければ生活できないという恐怖から、
辞めることができないのです。
嫌がらせに耐えなければいけませんでした。
親との折り合いがますます酷くなり、
実家を追い出されるように一人暮らしを始めたのですが、
それまでのバイトで苦しい経験をしたので、
今度こそはと事務職の仕事に就きました。
ところが、電話が取れない、メモが取れない、臨機応変に仕事が出来ない、
データの入力を間違う、ピッキング作業が遅い、仕事の覚えが悪いなどで、
ここでもまた2日目には冷たく接されるようになりました。
最後はほうきを持たされて1日放置されるという事態に。
1か月持たず試用期間内で、
「明日から来なくていいから」と言われてしまいます。
この会社に就職するときに、
部屋や家財道具はすべて会社が用意したものだったので、
辞めたことで、家財道具をすべて没収されました。
布団から何から全部です。
何も無いガランとした部屋で呆然として、
あまりの辛さで泣きに泣いて大げさじゃなく、3日3晩泣きました。
本来は会社が用意した部屋なので出ていけと言われたのですが、
すぐには引っ越せるお金が無かったので
待ってもらうことになりました。
しかし、大家さんからは顔を会わせるたびに早く出ていけと言われました。
とにかく家賃だけでも払わないといけないので、
当時37000円の家賃を稼ぐためアルバイトをします。
でも1週間もたないんですね。
最後は家賃すら払えなくなってしまったのです。
通帳の残高を見ると3万を切っていました。
もう自分の力ではどうにもならない、親には頼れない…
そこでもう背に腹は代えられないと思い、姉に頼る事にしました。
思い切って姉に電話をし事情を説明して助けを求めました。
しかし、電話で姉に
「働けないなら実家に帰れ、帰りたくないなら死ぬ気で働け」と言われます。
困りました…私には帰る家などないのです。
電話を切った後、泣きに泣いてふと泣き止んで思いました。
そうか死ぬ気で働こうと。
資本主義の世界で働けない人には死しかない。
それなら死ぬ気で働くしかないんだ、と
姉の言うことはもっともかもしれないと、当時の私は思いました。
そこからは嫌がらせを受けようが目の前で嫌味を言われようが、
バイトを掛け持ちしながら次々とクビになりながら自転車操業のように働きました。
今ならきっと福祉に助けを求めるとか生活保護など、
色んな選択肢があったと思いますが、
当時の私は、家族や周りの人やバイトの人など、
「お前が悪い」と言われ続けていたので、
自分が悪いのに福祉に頼るのはダメなことなんだ…と思い込んでいて、
常に追い詰められた状況にいたため、
そういうことに思いがいかなかったのです。
(もちろん今は福祉の力を借りて生活しています。)
そんなこんなでどうにか家賃だけは払える程度の暮らしをギリギリしていました。
そんな日々を過ごしていたところ、なぜか姉に助け出されて、
姉の勤める会社にアルバイトとして雇ってもらえることになり、
生活が安定しました。
引っ越しの費用を姉に出してもらったので、
返すために貯金を始めます。
元々お金を使うタイプでは無かったので、
ほどなく姉への借金は返し終わりました。
仕事が出来ないのは変わらなかったものの、
姉の助けもあり、初めてクビにならずに仕事が続けられるようになりました。
すると、貯金も出来てきます。
人間というのは本当に愚かなもので、
あれだけ苦しい思いをしたのに、
いや、したからこそなのか、気が緩むときがくるんですね。
生活が安定して貯金が出来てくると、
余計なことや無駄なことに使い始めたのです。
今思うと、なんてことしたのだろうと思うのですが、
会社帰りに毎日のようにパチンコに通いだしたのです。
そこで相当貯金を散財してしまいました。
30歳で妊娠出産を機に産後うつなどを経験して、
自然とパチンコには行かなくなりましたが、
子供の世話でそれどころではなかったのと、
ストレスから家族に軟禁されているという、
強迫観念(妄想)を発症したのですが、
逆にこの妄想がきっかけとなり、
軟禁からの逃走費用のために、
お金を貯め始めたのです。
これが私の恐怖心からの節約の始まりでした。
今までずっとお金が無くなるかもしれない、
明日来なくていいと言われるかもしれない、
そういう恐怖にさらされてきたので、
お金への恐怖がひどかったんですね。
明日どうなるかわからないからと、
なるべくお金は使わないように貯めるようにしていました。
ある意味、強制的な節約生活をしていたわけなのですが、
しかし、今から1年ほど前にそういったことのほとんどが、
私の発達障害や強迫観念からくるものだということが判明し、
恐怖心からの節約ではなく、
これからの自分たち家族がより良く暮らすための貯蓄なのだ、
という認識へと私の中で変わっていきました。
今は貯めたお金は、例えば、ブログを開設したり、
家族で時々外食を楽しんだり、
おいしいスイーツや旅行に使うなど、
適度に使ったりもしています。
未来への楽しみのための貯蓄へと変わってきたのです。
また、すぐに使わないお金はつみたてNISAのような投資などに充てています。
以上、私の経験談や失敗談なども交えながら色々書いてみました。
この一年ほどで、強迫観念が少し良くなったことで、
自分の楽しみや家族の時間を豊かにする為の節約をできるようになって、
改めて貯蓄というのは心の平穏や安心をもたらすものだなと考えます。
それだけではなく、使い方も変わってきたように感じます。
それも貯蓄のおかげなのかなと思うのです。
ここまで拙い文章と個人的で長い話を読んで頂きありがとうございました。


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