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私が三つ編みの上を取ったわけ。

私の通っていた小学校は、髪が肩よりも下に行くと三つ編みをしなければなりませんでした。

最初は三つ編みなんてできませんから、祖母や母が結ってくれていました。
彼女たちの三つ編みのやり方はこうです。まず髪を梳かし、櫛で髪を二つに分けて二つくくりにし、それから三つ編みをする…という方法。だから結び目が上下に二つありました。
このやり方は髪がしっかり結えるし緩む心配も少ないので、まだ自分で髪が十分に結えない低学年で髪の長い子は、大抵この結び方でした。

さて、小学生の頃の私は今よりもずっと生きるのが不器用でした(笑)
幼稚園までは一人遊びをしていても全然誰もおかしな目で見なかったのに、小学校に入ると一人の子は目立ちます。みんな誰かと一緒に遊ぶ。そうじゃない子は浮いてる気がして、私は焦りました。「誰かと遊ばなきゃ…」と休み時間になるたびに考え、そう思いながら行動しているとなんだか他人と一緒にいることが義務に思えてきて…。
子どもながらに、学校とは実に奇妙でいびつな空間だなと思っていました。

私はそつなく学校生活を送ろうと頑張っていました。
その時の私の「そつなく」のイメージは「きっちりすること」でしたから、きちんと身なりも整え、先生の言うことを守り、勉強もしました。
でもなんだか友達との間には見えない壁を感じていました。

「真面目だよね。」
小学校では時折クラスメートの良いとこ探しをしよう!という時間がありました。その時はみんな決まって私の長所として「真面目」を挙げるのです。本当に「真面目」としか言われませんでした。私は正直、憤慨しました。
私は別に「真面目」は嫌いではありませんでした。むしろ良いことです。でも、「私」は確かに「真面目」でもあるけど、親には「おもしろい」と言われたこともあるし、絶対に他の要素もあるはずだったので、大変ショックを受けました。学校の友だちにはそういう面は伝わってないんだなぁ、と。そういうことを思うようになってから、頻繁にお腹や背中が痛くなるようになりました。

時が流れ、中学に入学しました。私は一貫校に通っていたので、中学でも変わらず三つ編みです。
中学校では「8人委員」なる制度がありました。学級委員長と副委員長の他に、美化委員や風紀委員といった委員がクラス内で選ばれ、その人たちは係活動の代わりにそれぞれの委員活動をするのです。
私は憧れていました。普通の係より委員のほうが響きが格好いいし、小学校でも生徒会的なところに入ってたからきっと選ばれるに違いない…と謎の自信がありました。

結果は選ばれませんでした。
あんだけ「真面目」とか言ってきたくせに選ばんのかい、とつっこみましたが、まぁ正直挫折感を味わいました。

8人委員に選ばれた子たちを見ると、正直優等生ばかりではありません。先生に注意される感じの子もいます。でも何となく選ばれるのは分かる。だってとっても楽しそうにしてるし、クラスメートにも受け入れられてるから。
この信頼感の違いは何なんだろうか…。そんなことを悶々と考えていましたが、途中から自分が馬鹿らしく思えてきました。
こんなに頑張って学校生活を送っても人から認めてもらえないし、そもそも自分自身もお腹が痛くなったり全然楽しくない。

もっと楽に生きよう。

中一の終わり頃、私はようやくその境地にたどり着きました。
ずっと、自分と友達の間の「壁」は周りの所為だと思っていましたが、みんなを責めるよりも自分が変わったほうが早い、と思ったのです。

でも、どうしたらいいんだろう。

色々考えた結果、私は自分の三つ編みを変えることにしました。
なぜ急にこうなったかと言うと、クラスで人気な子たちを観察していたら、小学校の時は私と同じようなカチッとした髪型をしていたのに、中学に入ってから少しルーズな髪形にしているということに気付いたのです。

そこで、試しに、髪を分けたら二つくくりをせずに三つ編みをしてみました。
そうしたらどうでしょう。
鏡に映る自分を見て驚きました。
上をくくらないのでいつもよりも緩い三つ編みになり、後れ毛もできました。耳に少しかかる髪が、自分を大人っぽく、隙があって、垢ぬけた様子に見せていました。

私はその時自由になれた気がしました。

私にとって三つ編みの上をくくらないというのは、「きっちりとした真面目な優等生」に対する、初めてのささやかな反抗だったのです。
そして今までのイメージが崩れたことが、「自分」を解放するきっかけになりました。

今でも「きっちりとした真面目な優等生」は私の中にいます。
でも昔と違うのは、真面目以外の他の面も周囲に出せるようになったことです。
そうすることで自分自身も「自分」を楽しめるようになり、より世の中が生きやすくなりました。
そしてびっくりするぐらいお腹や背中が痛くなる回数も減りました。

正直、まだ自分はとても不器用だなと思います。
でも「三つ編みみたいな小さなことで状況を変えられたんだから、私は大丈夫」とも思います。
これからも多分きっと悩むことはたくさん出てくると思うけれど、その時はまたこうやって自分を振り返って、思いを書き出したりして、自分らしく生きるヒントをもらいたい…

そんなことを思いながら日々仕事をする、私です。


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